
今日、立石に来るとき、都営地下鉄浅草線を使ってみた。土曜日の午前11時過ぎ集合。地下鉄の車内には、外国人旅行者とそのガイドとおぼしきグループがちらほら。偶然乗り合わせた車両に2組いたから、総数はかなりのものになるんじゃないか。ヨーロッパかアメリカの女性二人組にガイド二人(こちらも女性)が隣に座って話してた。で、食べ物とかそういう話題で盛り上がってる。そういう人たち全員、浅草で降りてった。
海外の観光都市だと小グループ・個人向けのツアーガイドっていうのがあって、例えば、ボストンだとちょっと近所のハーバードまで行ってみるよ半日ツアーみたいなの。ゆっくり歩いて、ぶらぶらして、地元向けの小さなレストランに入ったりする。わたしは、R128沿いのかつての産業都市を案内するよツアーにのっかった。紡績やら鉄鋼やらの古い工場跡を見て回るんだけど、工場のいくつかはコミュニティセンターとかレストランや雑貨屋になってる。小さな町だし観光的には全然有名じゃない分、かえって楽しかった。なにが一番かというと工場跡、じゃあなくて、工場跡でピザ買ってビール飲んだり。レストランの前にでっかい歯車とか蒸気タービンが並んでて、これ剥き出し、野ざらし、まんま。そこにビールがついてくるっていうか。飲み食いの肴が歯車と蒸気タービンであるというか、歯車と蒸気タービンの肴がピザとビール。だからやっぱり飲み食い最強だ。町中が工場跡みたいなもんだから、根本は観光施設じゃなく町の住人が利用する場所ってこと。で、それがいいんじゃないかとか。東南アジアだと、バンコクや台北とかの大都市でないどの町にも屋台街があって、朝昼晩それでおk、だから、いいんだ。
ベトナムでバス旅行、まともなガイドブック持ってなかったので、よく行き先を間違えた。同じところぐるぐるまわってて、だいぶ先に進んだと思ってたら、またもとの町に戻ってた。夜中にとんでもない田舎町のバスターミナルで降ろされて、町の中心部まではしばらく距離があることは経験でわかっても、町の名前すらわからない以上シクロのおやじの言いなりになるしかない、料金も行き先も。で、真っ暗の夜道を走ってくようやっと町らしくなるって辺りでカフェに出くわす。電気が来てないのか店のなか真っ暗、かわりにランプ。籐の椅子がならんでて、これがみんな外の方を向いてる。そこに兄ちゃんおじちゃんがずらっと座ってて、真っ暗な店内から真っ暗な夜道を眺めてコーヒーすすってる。やっぱり外を眺めたいものなんだ。
旅行者だろうが住人だろうがアメリカ人だろうがベトナム人だろうがみんな同じ。浅草にやってくる旅行者も立石にやってくる呑んべも、保育園の帰りにお総菜買ってくママチャリも同じ。最初歩いたとき、ここは街路じゃなくて路地なのかなぁって漠然と思って、そういう路地を丹念にトレースしていくと町に近づけるみたいなこと考えた。それって懐古趣味かなとか含めて...。
で、立石。まちあるきの〆は、仲見世で呑むと決めてた。いろいろ食べたいものはあったんだけど、今回は「二毛作」。
まちあるきの〆なんだから、通が通い続ける店というのでなく、ふらぁーっと入れて、さらっと呑めて、みたいなのがいいなと思って。こんな雰囲気。背景に仲見世が見えてるってのが今回のポイント。最初、ここに座ったんだけど、通行人の邪魔だし、それで奥に移動した。
こうやって、奥の席で呑んでると、真正面にはこういうふうな光景が広がる。
向かいで呑んでる人がいて、大きな暖簾が見えて、その向こうはやっぱり仲見世。
こういう空気が暖簾のスキマから侵入してくる。侵入してくるのは八百屋さんの軒先だったり、そこの旦那さんだったり、お客さんだったり。実際に入ってくるわけじゃないけど、やっぱり空気が入ってくる。外の空気は店の空気と混じりあって、少しずつ循環してるみたいな。その空気はちょっと先で、
←こんなのとか、
←こんなのとか、
←こんなのとか、
←こんなのとかと混じりあってる。
「二毛作」はおでんが美味しくて、そのおでんは隣の店の軒先で売ってるやつで、だから旨くないわけがない。後から聞いたんだけど、二毛作のマスターはおでん売ってる店の息子さんらしい。店先で売ってるものがカウンターに座って食べられる、視界の先にはまた別の商品が並んでる。商品だったり商業だからこそ伝わっていくのであって、博物館みたいになっちゃっても、文化みたいになっちゃっても、社会奉仕みたいになっちゃってもまああれだ。
不思議ではあるけど、自分の店の記憶をつくるのは他の店の記憶なので、実際、そういうふうに商売が成り立ってる。で、記憶を媒介するモノって、具体的なモノなんだ。
だから、宇ち多"もミツワも最高にもつ焼き旨いわけだけど、もつ焼き屋を流れる空気みたいなのがやっぱ大切で、それって財産だなとか思った。空気は漫然と流れるわけじゃなく、店先の商品や軒先の看板を介して流れてるわけで、それが「見えない水路」の正体だね。やっぱこういうのがないと懐古趣味で終っちゃう。最初、仲見世通ったとき、二階に上がりてぇ!、(出入口とか水周りとか)物理的に使えるかな、絶対使いたいってひと他にもいるだろ、って思ったのも、そういうことだな。
てなことを話しつつ、夜の部に突入していったのだった。夜の部では、昼間に塩らっきょうと烏龍茶で一服させていただいた「博多」で、すいとん食べました。
夜、地区センターに戻るころは、五月雨。
地区センターの管理人さん、もつかれさま。
まちあるきも、もつかれさま。
いろいろ世話をやいてくれた町のひと、
ほんとありがとうござました。
立石をモツ焼きの風が吹く。【葛飾:立石】 | trackback(0) | comment(0) |

