東京バーベキュー ~歩くひと、佇むひと~

 
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山谷で一泊しようと決めたのは幾つか理由がある。

早い話が、川本三郎「東京の空の下、今日も町歩き (ちくま文庫)」の二番煎じをやろうということ。川本三郎は、雑誌記者時代に指名手配犯人と面会して、犯人が歌うCCR「雨を見たかい」にほれ込んしまい、それがきっかけで自身も逮捕されてしまったという変わった経歴の人である。その後、フリーの文章書きとして町あるきものをやっている。僕はこの人に格別の関心があるわけではないが、近くの町を歩いて酒場で飲んで泊まって朝飯食って家に帰るという川本氏のまちあるきを自分もやってみたかったのだ。(「雨を見たかい」の経緯についてはwikipediaにも書いてあるし、自身による本も出ている、僕は読んでない。)

なぜ山谷なのかというのも単純で、ここなら安い宿があるから。かつて東南アジアを旅行した経験があるので、汚さとか環境の劣悪さとは自分には気にならない。かつてのドヤの町に外国人バックパッカーが、コミケ参加者が増えてきたという噂も聞いていた。

いまや山谷は欧米バックパッカーのたまり場

東京のかつての日雇い労務者街、山谷はいまや、バンコクの安宿街カオサン通りと同じように、バックパッカーのたまり場として親しまれている。(略)
英語の実力をためすため、友人と2人で泊まったという早稲田大学の女子学生(23)は、「冷房つき3畳の部屋、1泊2人で前払い3000円。ダニに悩まされたが、アメリカ人とイスラエル人に知り合ができた。英語の勉強にはもってこいと思う」。欧米の若者たちは昼間、ほど近い浅草に出向いて日本の文化に触れている。

「バックパッカーのたまり場」とか、「ダニに悩まされた」とか、「日本の文化に触れている」欧米の若者とか、胡散臭さ爆発だけど、ま、そういう方向ではあるんだろう。

ドキュメント72時間「東京・山谷 バックパッカーたちのTokyo」

きっかけは2002年の日韓ワールドカップ。1泊2500円前後という簡易宿泊所の安さが口コミで広がり、今や外国人の利用が9割という宿まで現れた。
 “バックパッカー”と呼ばれる旅行者たちの国籍や旅の目的は様々。
 “ゴスロリ”と呼ばれる原宿ファッションに夢中のフランス人。秋葉原が自分にとっての聖地だというゲームマニアのイギリス人・・・中にはニッポンの魅力にはまり、長期滞在する人も少なくない。

こちらは若干リアリティあり。金を使うのが目的の旅行者なんて少数派で、豪必要なこと以外はカネなんて使いたくないんである。日本人・外国人含む大多数の旅行者にとって、日本は宿泊費がべらぼうに高いのは常識で、日本に観光客が増えないのはただ一点、これが理由なのはわかりきった話なのだ。

バックパッカーが増えてきた理由として、日韓Wカップがあげられる。確かにあれは目立つ出来事ではあったが、それもまたマスコミの臭いがプンプンする。僕が貧乏旅行者だった90'前半、バックパッカーの中で日本に行こうという奇特な外国人は、東京では山谷を利用し、すぐに京都へ逃げるという行動パタンだったはずだ。偉大な観光遺産があるから京都というわけではない。偉大な観光遺産の周辺に安い宿が存在するから、というのが正確な理由だ。彼らは安宿に滞在し、偉大な観光遺産にはすぐに飽きて、別のもの(たいていは女の子とアニメとゲームだ)にはまって長期滞在を始める。日本語教師なんかしながらアパート探す、そんなかんじだった。これは、海外で沈没してる日本人も同じパタンなので間違いない。

そういう意味でWebで一番納得できたのは次のエントリ。

あいりん地区や山谷の簡易宿泊所で滞在する外国人バックパッカー - とれいん工房の汽車旅12ヵ月

 ここで取り上げた記事は、5年ほど前からあちこちで使われた話題でネタとしてはさほど目新しくもないです。東京の山谷の話はオタクイベントのコミケと絡めているからかタイトルはインパクトがありました。ただ、数字の裏をとっていないから話題に膨らみがない。
 でも、日本を訪れる確実に個人旅行者たちは増えています。バックパッカーたちがみんな日本を素通りしていたのがウソみたい。


"lonely planet Japan"が紹介してる山谷の安宿は、次の5つ。

CHEAP SLEEPS IN SANYA

多文化共生だ、日本ブームだとマスコミが取り上げるのはホテル紅葉ばかり。なーんだ...。今回は、ネットを使っての予約はせず、夜、町をぶらぶらしながら、目につく案内看板を頼りに宿を探した。この辺は、東南アジアで夜にその町に着いて、あたりは真っ暗、この辺が安宿街なんだけど...的なシチュエーションを模擬してみたというわけ。気分だけは、"Cheaper one. Discount please."である。

土手通りから裏に入り「いろは会」通りまで歩き、一週回って戻ってみる。チャイナタウンだと商店街の上階に旅社があって、怪しげな御姉様が立っている。それで、泊まれる場所ゲットと一安心するんだけど、そんなものはない(当然)。アーケード下には見事なくらいダンボールとブルーシートが整列していて、すでに就寝時間となっている模様。年の瀬の晦日の夜、何の用もないのに起きていたら酒でも飲むしかない、結局、寝るしかない。簡易宿泊所はあるにはあるが、目指す英文の案内は見つからない。しようがない、表通りに戻る。

土手通りはさっき歩いて3,000円出せば寝床が確保できることは押さえていた。僕のリミットは2,500円、出来れば2,000円と考えていたので念入りに探す。バックパッカーにも注意する。後を着いていけば目的の場所に辿り着けるのだ。それらしき外国人(コンビニのレジ袋持ってる!)を見つけるも、追いつけなくて断念。そんなこんなで、見つけたのがこの看板。

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シングル\2,600はちょっと高いが、ダブルをシェアすれば\1,900でおk、ということでフロントへ。がしかしフロントのおやじは「満員だ」、明らかにリジェクト(宿泊拒否)。が、考えてみれば当たり前の話であって、フロントのおやじは正しい。

こちらは、ジジイなんだか若いんだか正体不明の男子2名、プラス妙齢の美貌の女性1名である。妙齢の女性は宿泊はせず、近所で一杯引っかけた後、帰ることになってる。そんな事情はオヤジは知る由はない。そのぉ~なんだな、オヤジはそっち方面のプレイを求めてると考えたのだナ。そりゃ断るわ。そういうのはもっと南の方へ行け、○○○○ホテルなら歓迎してくれるさ、そう言いたかったはずだ、とここまで判断すれば次の一手は決まってる。

「この女の人は帰ります。泊まりません。」
「ルームでなくドミをお願いします。」
おかげさまで無事に別館?に連れていかれた。ベッドの様子はこんな感じ。

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こういうタイプのドミは香港・台湾に多い。バンコクにもある。マレーシアだと病院のベッドがずらーっと並ぶ。お国柄、風土。しかし、どこの国でも見られない独特なものがひとつある。それはMr.TV、おそらく日本だけの異形(知らないけど)。

さすが、エレクトロニクスとアニメの故郷だ"COOL & POP"よネ、とするか、日本人の内向き指向「盆栽ニッポン万歳」、とするか、日本の労働者は孤独、悲しいネ、とするか、ポジショントークはお好みでどぞ。

大林で一杯引っかけて、コンビニ寄って、門限の11時に帰ってくる。階段の踊り場で缶ビールをやる。久しぶりの外泊なので柄にもなく興奮してしまう。既に就寝中のベッドから「うるさい」と怒られる。この辺は、「ふっきーの演劇ワークショップ日誌:山谷に宿まった夜の出来事」に詳しい。で、とりあえず寝る。気持ちよく寝る。

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今回は一泊のチョイ泊だけど、もう少し長期で滞在する場合、ランドリーや炊飯用の流しが用意されてる。3階テラスのランドリーはこういったつくり。

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奥には、ずらりと洗濯物。

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カップラーメンやコーヒーのための電気ポットも用意されてる。午後10時までだけど確実に入浴もできる。朝日がまぶしい。煙草吸おうと思い、2階の非常口を開けてみる。

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仮囲いされた空き地はゴミだらけ。おじさんなにやら物色中。それにしてもポイ棄てはイクナイ!。ちなみに正面に小さく写ってる青い日よけの店は「きぬ川」、食通マンガ「孤高のグルメ」ファンの間では超有名店。年末年始では豚炒め定食は望み薄。

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廊下。こちらはゴミひとつ落ちてない。うちの部屋より清潔なのは間違いない。顔を洗って、歯ミガキして、朝メシ食いに出る。それにしても、朝日がまぶしい。こんな朝って久しぶり。
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Tag : 山谷 
    20:12 | Top
 
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山谷のチラシ。

山谷 (東京都) - Wikipedia

山谷(さんや)は東京都台東区・荒川区にある寄せ場(日雇い労働者の滞在する場所、俗に言うドヤ街)の通称(旧地名)である。
概要
奥州街道・日光街道に沿った地域であり、江戸時代から木賃宿(食事を提供しない素泊まり専門の旅館)が集まる場所であった。現在も簡易宿泊所の施設が多く、日雇い労働者が集まっている地域である。いわゆるドヤ街としては、全国最大の大阪・あいりん地区に次ぐ規模である。1966年以前は地名として台東区浅草山谷1~4丁目が存在したが、住居表示制度の実施により「山谷」という地名はなくなった。


山谷という名称が公式には消えてなくなったのは東京オリンピックと同時代のことだったのだな。もちろん、それは形式的に無くなくしてみせたというだけにすぎないのだけど。

12月30日夜、南千住を一回りしたあと山谷に向かって歩きはじめる。途中、真っ暗な闇の中に鎮座する首切り地蔵を覗きに右に折れてみる。当然、真っ暗なので表情は見えない。首切り地蔵のラインを薄ぼんやりとたどってみる。不思議と怖くはないのは、周囲の歪つな景色が闇に消去されているからだろうか。道路向かいの大坪屋に目が行く。3人が3人とも目くばせする。しかしここで沈没しては目的が果たせない。先へ進む。

この日は山谷で一泊することにしていたので、自然と宿泊施設に目が行く。泪橋に近づくにつれ、土手通り沿いにそれらしきものが増えてくるが、みなビジネスホテル風。

泪橋交差点。かつてここは江戸の境界で、だから小塚原刑場が存在した。交差点の角にはセブンイレブン。コンビニになる前は有名な飲屋だったらしい。以前ここを歩いたとき、セブンイレブンでペットボトルを買った。灼熱地獄の夏だったので一気に飲みほした。あの日は簡易宿泊施設の客で賑わっていて水だのインスタントラーメンだのを買っていた。今日もちらほら。ただし、交差点から四方を見渡してみても、wikipediaが描くような景色はどこにもなく、殺風景な東京の年末が続いているだけ。コンビニのひとつ先の角を脇に入る。

おじさんがたくさん、たむろしている。かなりの人が野宿者だろう。宿に泊まるでもなし、店で酒を飲むでもなし、ならば差し当たって出来ることは、ゆっくり道を歩き、仲間と雑談し、今歩いた道を戻ってみるくらいのことだろう。おじさんに混じってちらほら、若いお兄ちゃんも見かける。右手にコンビニのレジ袋持って、ひょうひょうと歩いてく。路面のアスファルトがぬめっとしてるのは、物を燃やした際の油がこびりついてるからだろうか。

城北福祉センター。土手通りから一本入ったところにある。正式名称は「(財)城北労働・福祉センター」ということで財団法人。『設立は平成15年4月だが、もともとは昭和40年に都の事業所として設置された東京都城北福祉センターと、財団法人山谷労働センターを母体とする』んだそうな。昭和16年の台東区 吉野町・山谷・清の地図を見ると、市営宿泊所となっている。土手通りを浅草と南千住を結ぶ都電が走っている。市営宿泊所の周囲には工場のマークが散見できる。ついでに、大正元年の浅草区地図には何もない。明治通りすらない。田中町と記されているだけで細かい道路は存在しない。要するに原っぱだったということか。

(財)城北労働・福祉センターのフタッフが『今日のひとこと-担当者の日誌』というブログをやっているのだけど、これが結構面白い。なんつうか...読ませる。スタッフブログの年末最終更新は12月26日、その日のエントリはこんな感じ。僕が山谷を歩いたのはその四日後ということになる。

今日のひとこと-担当者の日誌 (財)城北労働・福祉センター: *巣篭もり・・・

センターでは、そうした山谷の労働者に対して越年の事前相談を行い、480名の方(前年は456名)が相談に来所しました。寒さも一層厳しくなる中、体調管理に留意して無事に年を越して欲しいと願う想いです。画像は本日の午前中、センター正面入口で越年宿泊券を交換している様子です。


当方、まちあるきのだらだらブログだけど、引用した手前、トラックバックを送ることにする。もうひとつ、スタッフブログからリンクされてる『「城北福祉センター30年のあゆみ」から』には、こんなことが記されてる。

「城北福祉センター30年のあゆみ」から: 託児室1

託児室は、授産室で働く女性達の乳幼児を預かって、安心して仕事が出来るようにということから、授産室開設から2ヶ月遅れの昭和37年8月に開設された。しかし、世帯を中心に都営住宅などへの転居が進むことにより徐々に児童数も減少していき、昭和59年3月31日に廃止された。


かつて、託児室があったなんてちょっと信じられない気分だけれど、そういうことは知っておくべきことのように思う。そんなわけで、「今日のひとこと-担当者の日誌」はお勧めブログである。

相変わらずだらだらと書いてしまった。まだまだ思うことはあるのだけどそろそろ切り上げたい。書きたいことというのは、例えば冒頭Wikipediaの『江戸時代から木賃宿が集まる場所であった。現在も簡易宿泊所の施設が多く...』のくだりのことである。間違いではないにしても、「江戸時代の木賃宿→簡易宿泊所」の流れは単純化しすぎではないか、それでは、大正元年浅草地図の原っぱの意味が、城北福祉センターに昭和59年年まで存在した託児室の意味が、さらに、ふっきー氏がエントリのタイトルにした「山谷の朝に葛飾とのつながりを思う」の『つながり』の意味が見えなくなるんではないか、というようなことである。

当日のまちあるきの様子は、ふっきー氏が「ふっきーの演劇ワークショップ日誌:山谷ツアーに行ってきました」でレポートしているのでそちらを参考にしていただければと思う。ちなみに、氏のレポートにある「同行していた女性が撮影しようとしたレトロな雰囲気の宿」とは、城北福祉センター横のトキワのことである。氏が「郷に入ったら郷に従え。」と同行女性を諭してる間に、私が何をしていたかといえば、最初に揚げたビラの写真を撮っていたのであった。

下は、昔撮ったトキワの写真。
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Tag : 山谷 
    04:37 | Top
 
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山谷の簡易宿泊所街をぶらつく。

木賃アパート風。なのに、モダーンな「トキワ」の彫り込み、物干台の曲線もモダーン。いつごろの建物なのだろう。

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黄色い壁に単調なリズムで並ぶ窓とエアコンの室外機。バンコクでもクアラルンプールでもサイゴンでも、エアコン付きの部屋に泊まったことは無いなあ。東京の夏はそれだけ苛酷ということか。

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ワンフロアを上下二段の窓が分割していく。それで部屋の構造がわかる。どの宿も路上にたくさんの自転車が並んでいる。

この辺の写真、町でたむろするおじさんの姿が入ってない。アングルから外れた瞬間にシャッター切っているからで、実際はおじさんだらけ。おじさんはみんな歩いてる。仲間とだべりながら、独りで独り言発しながら、ゆっくり、ふらふら。誰も写真を撮ってる僕に無関心。暑くて、熱くて、精一杯なのだろう。精一杯という文字が暑苦しいほどの気温なのだ。

気が狂うようなアスファルト
アスファルトにこびりついた油まで溶けてやがる
熱さは人を無関心にさせるぜ、サマータイムブルース
叫び声を上げて全力で走り回りたい衝動に駆られる。
でも、走ってはいけない。戻れなくなる。

そんなかんじである。

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簡易宿泊所街の中の喫茶店。実に正統的喫茶店という店構え。ここも店先を自転車が占めている。

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泪橋交差点。熱さにやられて気絶しそうになる。南千住、三ノ輪、竜泉、吉原とかなりの距離を歩いてきたのだ。おまけに太陽は真上で影が出来ない。喫茶店MARIEで一休みすればよかったが今さら戻る気も起きない。交差点のセブンイレブンに入る。

セブンイレブンが出来たのは1999年、以前は「世界本店」という名の立ち飲み屋だった。たしか、 「焼酎の売り上げ日本一」と噂されていたはずだ。その立ち飲み屋当時の写真はここで見られる。

山谷界隈 その日その日 「泪橋」、明るい街角となる


 「時代が変わったなア」なんて大袈裟なことを思わず呟いちゃいます。さっき、この交差点を3歳ぐらいの男の子の手を引いた若いお母さんが歩いて渡って行って、「セブンイレブン」に入っていきました。
 界隈に子供がいて、その手を引くお母さんがいるのはちっとも珍しくないのですが、今まで歩いてこの交差点を渡る光景というのはあまり目にしませんでした。渡って行っても飲み屋さんしか無かったですから。


はるか昔、自分もここを眺めた記憶がある。交差点の向かい、南千住側から世界本店の客の群れを眺めて、ここからさきは別の町なのだと漠然と思ったかすかな記憶が残っている。

自分等の世代とって泪橋は「世界本店」よりも「あしたのジョー」だろう。木の橋の下の雑草が茂る斜面脇に立つ木造バラックが「丹下拳闘クラブ」だった。もちろん、今は見る影も無い殺風景な交差点になっている(漫画の連載中にもすでに橋はなかった)。橋があった江戸時代、小塚原刑場に向かう囚人達はこの橋でいよいよ、この世との別れを観念した。だから泪橋。たった今思い出した。自分は丹下拳闘クラブの場所に行ってみたくて、それで電車に乗って南千住までやってきたのだ。世界本店の記憶はそのときのものだ。

セブンイレブンの前で若いお兄ちゃんとすれ違う。Tシャツ、短パン、ビーサン、レジ袋には弁当とカップラーメンとペットボトル。ああ、あの時とおんなじだ。バンコクや香港や台北やそういうところで長居してしまうバックパッカー。いるんだ。

結局、清涼飲料水を買う。一本はその場で飲み、もう一本は持ち歩くことにする。泪橋交差点に人影がないのは本当に熱さのせい。

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吉野通りを渡り清川の町に入る。なんとなくだが、まったりと落ち着いた雰囲気。アスファルトの舗装がなければ、古きよき昭和の景色なのである。

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道端に床屋が出ていて順番に髪を刈ってもらっていた。僕が行ったサイゴンの床屋も野外だった。長旅の必需品は爪切りと耳かき、どうでもいいことを思い出した。

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Tag : 山谷 
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