東京バーベキュー ~歩くひと、佇むひと~

 
--
 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
    --:-- | Top
 
27
 
Nishimachi Shopping Street at Kanegafuchi

 玉の井で、思いのほか道草してしまい、急ぎ足で待ち合わせの鐘ケ淵へ向かうことになる。本当は、もっと長い時間いたかったし、例の中華屋さんで餃子と焼きそばとキンシ正宗で沈没したかったのだけど、しようがない。人生なんて、しようがないことの連蔵なのだ。

Nishimachi Shopping Street at Kanegafuchi

 相変わらず、太陽は顔を出しておらず、だから日の陰で方角を探ることはできないのだけど、ぐるぐるさんざん歩き回ったおかげで、妙な土地勘みたいなものが出てきた。それで、行き当たりばったり、鐘ケ淵に通じていそうな路地の当たりを付け、そっちに歩き出す。

 何の変哲もない路地といえば路地。両側に商店らしきものも散見するけど、土曜日の午前だからか、あるいはいつもそうなのか、開いてる店はない。路地に不釣り合いなくらいたいそうな街灯が目につく。街頭からぶらさがってる飾りの裏に「西町買い物通り商店会」の文字。

 それにしても、どうしてこういう路地って歩きやすいのだろう。「歩く」というのも一つの欲望なのだとしたら、欲望を忠実に満足させるのがこの幅員に違いない。商店街の活性化とか考えてる人は、そのことをまず考えてみるべきじゃないか。だって、だまっていても欲望を満足させるネタを手に入れたり、失ったりしちゃうんだぜ。

Nishimachi Shopping Street at Kanegafuchi

 ブログに書く都合上、一直線に歩いてるかのように書いてるけど、実際は、この辺も何度も何度も歩いた。これは、その何度目かに撮った一枚。なんだかお店も少なくなってきたなあと感じ、そのお店の少なさを確認したくて後ろを振り向いたら、こんな風景が広がってた。

 小さな四つ角。辻。辻に建つ家の庇。バルコニーになってる。曲線の意匠も残ってる。しかも、両サイド、シンメトリー。下の写真は、向かって左側の家、電信柱で隠れちゃってる部分のアップ。未来派の曲線、こってりした庇。

 シンメトリー、かっちょええ。

Nishimachi Shopping Street at Kanegafuchi

 鐘ケ淵駅前から玉の井へ向かうたまの道だったんだこの道、と今更ながら気づく。こういう風景が続く中、玉の井を目指したのだと思うと、少しだけ当時の客の気分がわかったつもりになる。で、わかったフリをする。

 当時の玉の井ってどんなだったんだ?、いや、当時ってのは荷風が通った頃、まだ戦前、改正道路一帯から大正道路あたりまでが中心だった時代このと。

 大正3年に白鬚橋ができると同時に、川向こう、つまりこの辺りの水田が次第に埋められて町ができ始めた。その時点で、玉の井というシステムは当然、まだ存在しない。「濹東綺譚」によると、玉の井の始めは、それから少し後、大正7~8年の頃だという。

 大正七、八年の頃、浅草観音堂裏手の境内が狭められ、広い道路が開かれるに際して、むかしからその辺に櫛比していた楊弓場銘酒屋のたぐいが悉く取払いを命ぜられ。現在でも京成バスの往復している大正道路の両側に処定めず店を移した。つづいて伝法院の横手や江川玉乗りの裏あたりからも追われて来るものが引きも切らず、大正道路は殆軒並銘酒屋になってしまい...、車の通る表通から路地の内へと引込ませられた。(p70)


 そうやって生まれたのが路地と溝の町というわけだ。

 江戸東京の伝統的な花街といえば吉原だろうが、そっちは公娼で、対する玉の井は私娼にあたる。明治期、東京の代表的な私娼窟としては、浅草公園千束町・芝区愛宕町・小石川区指ヶ谷町・日本橋区馬喰町群代、亀戸・道玄坂・南千住新開町が有名。ちなみに、前者4ヵ所は市内、後者3ヵ所は市外に当たる。そのうちの浅草公園千足界隈が玉の井のルーツというわけだ。

 当時、どのくらいの私娼がいたのだろうか、これは昭和5(1930)年の内務省警保局調査が記録として残ってる。それによると、東京の私娼窟は929軒、うち玉の井が497軒(901名)、ついで亀戸の432軒となっている。荷風自身は、その数1,500~1,600名と記しているから、わずか数年の間に3倍にふくれあがったことになる。

 なぜこんなに急成長したのだろうかと考えるに、やはり時代のニーズにマッチしてたのだろう。荷風が「寺じまの記」を書いたのは1936(昭和11)年、「濹東綺譚私家版」は翌年の1937(昭和12)年のことだ。そのころの東京はというと、こんなかんじ。

1927(昭和2):東京地下鉄道上野~浅草間開業
1930(昭和5):荒川放水路通水
1931(昭和6):満州事変
1931(昭和6):羽田空港
1931(昭和6):浅草オペラ館、新宿ムーランルージュ
1932(昭和7):五・一五事件。大東京市35区制
1934(昭和9):ターミナルデパート東横百貨店、忠犬ハチ公


 ちょっとした大衆社会の到来なんである。吉原では様々なしきたりがあるし、それなりの費用もかかる。大衆の風俗産業として受け入れられたのだと思う。というか、これは日本にフーゾク産業のはじまりなのだ。

 服装のみならず、その容貌もまた東京の町のいずこにも見られるようなもので、即ち、看護婦、派出婦、下婢、女給、女車掌、女店員など、地方からこの首都に集って来る若い女の顔である。現代民衆的婦人の顔とでも言うべきものであろう。この顔にはいろいろの種類があるが、その表情の朴訥穏和なことは、殆ど皆一様で、何処となくその運命と境遇とに甘んじているようにも見られるところから、一見人をして恐怖を感ぜしめるほど陰険な顔もなければまた神経過敏な顔もない。百貨店で呉服物見切の安売りをする時、品物に注がれるような鋭い目付はここには見られない。また女学校の入学試験に合格しなかった時、娘の顔に現われるような表情もない。(寺じまの記)


 後半の描写は荷風のひねくれ精神が現れてて面白い。まさか全員が「運命と境遇とに甘んじている」わけもなかろうが、これも吉原的なトラディショナルな風俗との対比を描きたかったんだろうと思える。現代民衆的婦人と現代民衆的旦那によるフーゾク産業、ということ。

 例えば、「おぶ」というシステムがある。「濹東綺譚」にも「五十銭だね、おぶ代は」と主人公が確認してる。「おぶ」とは、

短時間其私娼を相手に茶をすすり、たわむれの言葉を交わし、若干の茶代を与えて帰り去る


 この「おぶ代」はたんなる流行ではなく、おぶ代の五十銭は抱え主の取り分という風にシステム化されてたんである。バンコクはパッポン通りのゴーゴーバーでコーラ1杯50バーツでひやかすか、というのと同じってことで、つまり、それがシステムとして制度化されてるのが、現代民衆的婦人と現代民衆的旦那によるフーゾク産業なのだな。

 荷風は娼家のインテリアについても書き残している。

 外にて見るよりは案外清潔なり。場末の小待合と同じくらいの汚さなり。西洋寝台を置きたる家少なからず、二階へ水道を引きたる家もあり。又浴室を設けたる処もあり。一時間五円を出せば女は客とともに入浴するという。但しこれは最も高価の女にて、並は一時間三円、一寸の間は壱円より弐円までなり(昭和11年5月16日)


そっと奥の間をのぞいて見ると、箪笥、茶ぶ台、鏡台、長火鉢、三味線掛などの据置かれた様子。さほど貧苦の家とも見えず、またそれほど取散らされてもいない。...。テーブルの上にはマッチ灰皿の外に、『スタア』という雑誌のよごれたのが一冊載せてあった。(寺じまの記)


 さきほどの年表からかんじる時代背景を思うと、こりゃあ流行するわって気にもなってくる。そんなモダンモードの最先端を行ってた玉の井も大戦で焼け落ちて、いろは通りの北側に民家を改造するかたちで移ってくる。一部は玉の井からさらに郊外にあたる亀有に移動してる。戦後の玉の井、一時期は120ほどのカフェが並んでいたようだ。その風景の名残こそ、今日、歩いてみた風景ということ。

 などと思いを馳せるうち、もう、鐘ケ淵の駅前まで来てしまった。冒頭の一枚は、ようやく雲がとれかかり、日が射してきた「西町買い物通り」。

Nishimachi Shopping Street at Kanegafuchi

 「西町買い物通り」の入口はこんなふう。左方向、車が走る道路が酎ハイストリート。

Nishimachi Shopping Street at Kanegafuchi

 振り返ると、気持ちのいい路地の向こうに、スカイツリーが立っていた。
スポンサーサイト
    23:33 | Top
最近の写真
www.flickr.com
This is a Flickr badge showing public photos and videos from tko_bbq. Make your own badge here.
最近、行ったところ
まとめ
Archive Map is Here.
Katsushika+100 is Here.
過去ログ
コメント
トラックバック
検索
歩くひと

tko_bbq(あ)yahoo.co.jp

tko_bbq(あ)yahoo.co.jp

場所(整理中)

青砥駅 金町 荒とよ 森下 柴又 旧小松川閘門 諏訪台通り 新宿(葛飾区) 東向島駅 雑司ヶ谷鬼子母神 上川口屋 鎌倉 青戸 門前仲町 王子 あらかわ遊園 中央卸売市場築地市場 コツ通り 鶴見(神奈川県横浜市) 東金町運動公園 谷中初音小路 立石 直居アパート 豫園飯店 新小岩 清澄長屋 隅田キリスト教会 東立石水神社 神田川 さくら新道 東立石 江戸川 醸造試験所跡地公園 土手通り 橋場 東墨田 倉井ストア 證願寺 赤羽緑道公園 千本桜(神奈川県大和市) 浜前水門 八広 竜泉 パルテノン多摩 京島 立石仲見世 辰巳新道 上下之割用水 ベルコリーヌ南大沢 亀戸餃子 隅田川駅 竪川河川敷公園 音無さくら緑地 東大島駅鉄橋 待乳山聖天 たつみ橋 小沢理容店 奥戸 音無川親水公園 カド 砂町銀座 浅草橋 T.Y.HARBOR_BREWERY 伊勢屋・中江 八王子セミナーハウス(大学セミナーハウス) 戸ケ崎 東武鉄道隅田川橋梁(花川戸橋梁) タカラトミー 立石(旧赤線) 鬼子母神通り商店街 亀戸中央公園 ボンドストリート 二毛作 名主の滝公園 三菱製紙金町工場跡 江戸東京博物館 平澤かまぼこ店 鳥房 西ヶ原一里塚 三郷 金町関所 神田神保町 浅草 いこい 吉原神社 品川宿 品川富士 水元 南大沢 熊野神社(新宿) 東京スカイツリー 荒川自然公園(三河島水再生センター) 西井掘 赤羽西 水道橋駅 浜町公園 両国JCT 向島 首切地蔵延命寺(小塚原刑場跡) 天王洲水門 同潤会 日本堤 四季の路公園(京王堀之内) 中華そばターキー 静勝寺 御茶の水 日暮里 東京都慰霊堂 東京駅 平久川 梶原商店街 両国回向院 荒川ロックゲート サンストリート亀戸 同潤会三ノ輪アパート 両国橋 富岡八幡宮 十条仲原 聖橋 コリナス長池(京王堀之内) 東用水せせらぎ通り 三河島仲町商店街 いろは会 元町公園(文京区) 尾久の原公園 赤羽八幡神社 新宿中央公園 音無もみじ緑地 清澄庭園 まるます屋 福富川公園 都電 博多 多摩中央公園 三河島朝鮮マーケット 赤羽一番街 古隅田川 九段会館(旧軍人会館) 大島 白鬚防災団地 深川不動堂 西井掘せせらぎ公園 水元香取神社 萬年橋・新小名木川水門 京成本線 京成日暮里駅 八幡堀水路跡 和楽 荒川 水道橋 雑司が谷旧宣教師館 国技館 水元さくら堤(桜土手) 十条富士見銀座 ルーサイト・ギャラリー 小名木川 扇屋 俎橋 カフェこぐま サトリ珈琲店 赤羽台団地 細田橋 日本橋川 雑司ヶ谷電停 吉原 白髭橋 ミツワ 稲付公園 吉原弁財天・吉原観音像 サンロード中の橋 熊野商店街 旧米軍王子野戦病院 玉の井(墨田3丁目) 日光御成街道 のらくろーど 中川 王子の森集合住宅 赤坂プリンスホテル新館 奥戸街道 勝ちどきマリーナ 味とめ 赤羽 奥戸天祖神社 平井 尾久 神田川水神社 竪川水門 東立石緑地公園 丸健水産 高砂諏訪橋 九段下ビル 南橋大橋(ちんちん山) 水元公園 虹の大橋 ふくろ 昭和館 普門院 小松川テクノタウン 新大橋 大塚坂下通り 山谷 江戸橋JCT 柳橋 大島百貨店 玉姫公園 葛飾区 伝法院通り 品川浦 谷中 小菅水再生センター 御茶ノ水駅 社会文化会館 真生寺坂 仲之橋(神田川) 満願稲荷 西町通り買い物通り(鐘ケ淵) 東金町 八潮 高砂 宮田ボクシングジム 三ノ輪橋 両国 新金線 ハト屋(コッペパン) 勝ちどき橋 新宿地下通路 吹上稲荷神社 押上 浄閑寺(投げ込み寺) 玉の井いろは通り 首都高 深川神明宮 上平井水門 飛鳥山公園 金田 日の丸酒場 鷲神社 愛知屋 浅草松屋 一葉記念館 浅草寺・浅草神社・二天門 白山堀公園 千束稲荷神社 三ノ輪 護国寺 稲荷公園 都電もなか明美 あっぷるロード 町屋 鳳生寺 清水坂公園 亀久橋 千住回向院 三河島 中川番所跡 立石様 立石熊野神社 多摩センター サンスクエア 荒川放水路 西日暮里 芭蕉庵 日本堤大林 雑司ヶ谷案内処 十条銀座商店街 青龍神社 隅田湯 逆井橋 木場 王子装束稲荷 小菅神社 しちりん半 荒川車庫 福田稲荷神社 旧安田庭園 隅田川 品川インターシティ 両国駅 廿世紀浴場 亀戸 雑司ヶ谷 斉藤酒場 王子神社 カフェ下ノ谷 キラキラ橘商店街 鐘ケ淵駅前商店街 日本橋浜町 平久橋 三平坂 新小岩ポンプ場跡 東日暮里 来集軒 ベネッセコーポレーション東京ビル 赤羽台トンネル パラティカインドネパールキッチン 神田川出入口 呑んべ横丁 京成本線 赤羽香取神社 新小岩公園 平賀源内墓 東陽 宝幢院前道しるべ 南大沢輪舞歩道橋 三井アウトレットパーク多摩南大沢 船方神社 堀切 今戸 細田 もみじ橋 21 玉の井(墨田3丁目) 鳩の街通り商店街 三ノ輪アパート 大塚坂下町公園 天王洲アイル 高砂駅 サンリオピューロランド 小菅 十条駅 寛(雑司ヶ谷) 雑司ヶ谷弦巻通り リバーシティ 旧玉の井(東向島5丁目) 法真寺(赤羽) 東堀切 南砂 逆井庚申塚通り 千登利 今戸橋 隅田川神社 洲崎緑道公園 小松川神社 番所橋 酎ハイ通り(鐘ケ淵通り) 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。