東京バーベキュー ~歩くひと、佇むひと~

 
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Nishimachi Shopping Street at Kanegafuchi

 玉の井で、思いのほか道草してしまい、急ぎ足で待ち合わせの鐘ケ淵へ向かうことになる。本当は、もっと長い時間いたかったし、例の中華屋さんで餃子と焼きそばとキンシ正宗で沈没したかったのだけど、しようがない。人生なんて、しようがないことの連蔵なのだ。

Nishimachi Shopping Street at Kanegafuchi

 相変わらず、太陽は顔を出しておらず、だから日の陰で方角を探ることはできないのだけど、ぐるぐるさんざん歩き回ったおかげで、妙な土地勘みたいなものが出てきた。それで、行き当たりばったり、鐘ケ淵に通じていそうな路地の当たりを付け、そっちに歩き出す。

 何の変哲もない路地といえば路地。両側に商店らしきものも散見するけど、土曜日の午前だからか、あるいはいつもそうなのか、開いてる店はない。路地に不釣り合いなくらいたいそうな街灯が目につく。街頭からぶらさがってる飾りの裏に「西町買い物通り商店会」の文字。

 それにしても、どうしてこういう路地って歩きやすいのだろう。「歩く」というのも一つの欲望なのだとしたら、欲望を忠実に満足させるのがこの幅員に違いない。商店街の活性化とか考えてる人は、そのことをまず考えてみるべきじゃないか。だって、だまっていても欲望を満足させるネタを手に入れたり、失ったりしちゃうんだぜ。

Nishimachi Shopping Street at Kanegafuchi

 ブログに書く都合上、一直線に歩いてるかのように書いてるけど、実際は、この辺も何度も何度も歩いた。これは、その何度目かに撮った一枚。なんだかお店も少なくなってきたなあと感じ、そのお店の少なさを確認したくて後ろを振り向いたら、こんな風景が広がってた。

 小さな四つ角。辻。辻に建つ家の庇。バルコニーになってる。曲線の意匠も残ってる。しかも、両サイド、シンメトリー。下の写真は、向かって左側の家、電信柱で隠れちゃってる部分のアップ。未来派の曲線、こってりした庇。

 シンメトリー、かっちょええ。

Nishimachi Shopping Street at Kanegafuchi

 鐘ケ淵駅前から玉の井へ向かうたまの道だったんだこの道、と今更ながら気づく。こういう風景が続く中、玉の井を目指したのだと思うと、少しだけ当時の客の気分がわかったつもりになる。で、わかったフリをする。

 当時の玉の井ってどんなだったんだ?、いや、当時ってのは荷風が通った頃、まだ戦前、改正道路一帯から大正道路あたりまでが中心だった時代このと。

 大正3年に白鬚橋ができると同時に、川向こう、つまりこの辺りの水田が次第に埋められて町ができ始めた。その時点で、玉の井というシステムは当然、まだ存在しない。「濹東綺譚」によると、玉の井の始めは、それから少し後、大正7~8年の頃だという。

 大正七、八年の頃、浅草観音堂裏手の境内が狭められ、広い道路が開かれるに際して、むかしからその辺に櫛比していた楊弓場銘酒屋のたぐいが悉く取払いを命ぜられ。現在でも京成バスの往復している大正道路の両側に処定めず店を移した。つづいて伝法院の横手や江川玉乗りの裏あたりからも追われて来るものが引きも切らず、大正道路は殆軒並銘酒屋になってしまい...、車の通る表通から路地の内へと引込ませられた。(p70)


 そうやって生まれたのが路地と溝の町というわけだ。

 江戸東京の伝統的な花街といえば吉原だろうが、そっちは公娼で、対する玉の井は私娼にあたる。明治期、東京の代表的な私娼窟としては、浅草公園千束町・芝区愛宕町・小石川区指ヶ谷町・日本橋区馬喰町群代、亀戸・道玄坂・南千住新開町が有名。ちなみに、前者4ヵ所は市内、後者3ヵ所は市外に当たる。そのうちの浅草公園千足界隈が玉の井のルーツというわけだ。

 当時、どのくらいの私娼がいたのだろうか、これは昭和5(1930)年の内務省警保局調査が記録として残ってる。それによると、東京の私娼窟は929軒、うち玉の井が497軒(901名)、ついで亀戸の432軒となっている。荷風自身は、その数1,500~1,600名と記しているから、わずか数年の間に3倍にふくれあがったことになる。

 なぜこんなに急成長したのだろうかと考えるに、やはり時代のニーズにマッチしてたのだろう。荷風が「寺じまの記」を書いたのは1936(昭和11)年、「濹東綺譚私家版」は翌年の1937(昭和12)年のことだ。そのころの東京はというと、こんなかんじ。

1927(昭和2):東京地下鉄道上野~浅草間開業
1930(昭和5):荒川放水路通水
1931(昭和6):満州事変
1931(昭和6):羽田空港
1931(昭和6):浅草オペラ館、新宿ムーランルージュ
1932(昭和7):五・一五事件。大東京市35区制
1934(昭和9):ターミナルデパート東横百貨店、忠犬ハチ公


 ちょっとした大衆社会の到来なんである。吉原では様々なしきたりがあるし、それなりの費用もかかる。大衆の風俗産業として受け入れられたのだと思う。というか、これは日本にフーゾク産業のはじまりなのだ。

 服装のみならず、その容貌もまた東京の町のいずこにも見られるようなもので、即ち、看護婦、派出婦、下婢、女給、女車掌、女店員など、地方からこの首都に集って来る若い女の顔である。現代民衆的婦人の顔とでも言うべきものであろう。この顔にはいろいろの種類があるが、その表情の朴訥穏和なことは、殆ど皆一様で、何処となくその運命と境遇とに甘んじているようにも見られるところから、一見人をして恐怖を感ぜしめるほど陰険な顔もなければまた神経過敏な顔もない。百貨店で呉服物見切の安売りをする時、品物に注がれるような鋭い目付はここには見られない。また女学校の入学試験に合格しなかった時、娘の顔に現われるような表情もない。(寺じまの記)


 後半の描写は荷風のひねくれ精神が現れてて面白い。まさか全員が「運命と境遇とに甘んじている」わけもなかろうが、これも吉原的なトラディショナルな風俗との対比を描きたかったんだろうと思える。現代民衆的婦人と現代民衆的旦那によるフーゾク産業、ということ。

 例えば、「おぶ」というシステムがある。「濹東綺譚」にも「五十銭だね、おぶ代は」と主人公が確認してる。「おぶ」とは、

短時間其私娼を相手に茶をすすり、たわむれの言葉を交わし、若干の茶代を与えて帰り去る


 この「おぶ代」はたんなる流行ではなく、おぶ代の五十銭は抱え主の取り分という風にシステム化されてたんである。バンコクはパッポン通りのゴーゴーバーでコーラ1杯50バーツでひやかすか、というのと同じってことで、つまり、それがシステムとして制度化されてるのが、現代民衆的婦人と現代民衆的旦那によるフーゾク産業なのだな。

 荷風は娼家のインテリアについても書き残している。

 外にて見るよりは案外清潔なり。場末の小待合と同じくらいの汚さなり。西洋寝台を置きたる家少なからず、二階へ水道を引きたる家もあり。又浴室を設けたる処もあり。一時間五円を出せば女は客とともに入浴するという。但しこれは最も高価の女にて、並は一時間三円、一寸の間は壱円より弐円までなり(昭和11年5月16日)


そっと奥の間をのぞいて見ると、箪笥、茶ぶ台、鏡台、長火鉢、三味線掛などの据置かれた様子。さほど貧苦の家とも見えず、またそれほど取散らされてもいない。...。テーブルの上にはマッチ灰皿の外に、『スタア』という雑誌のよごれたのが一冊載せてあった。(寺じまの記)


 さきほどの年表からかんじる時代背景を思うと、こりゃあ流行するわって気にもなってくる。そんなモダンモードの最先端を行ってた玉の井も大戦で焼け落ちて、いろは通りの北側に民家を改造するかたちで移ってくる。一部は玉の井からさらに郊外にあたる亀有に移動してる。戦後の玉の井、一時期は120ほどのカフェが並んでいたようだ。その風景の名残こそ、今日、歩いてみた風景ということ。

 などと思いを馳せるうち、もう、鐘ケ淵の駅前まで来てしまった。冒頭の一枚は、ようやく雲がとれかかり、日が射してきた「西町買い物通り」。

Nishimachi Shopping Street at Kanegafuchi

 「西町買い物通り」の入口はこんなふう。左方向、車が走る道路が酎ハイストリート。

Nishimachi Shopping Street at Kanegafuchi

 振り返ると、気持ちのいい路地の向こうに、スカイツリーが立っていた。
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