東京バーベキュー ~歩くひと、佇むひと~

 
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03 音無川親水公園-07.公園の奈落 音無橋をこえた少し先で親水公園は終端となる。
 向かって左が本流の音無川(石神井川)、写真右上のピンボケが親水公園の水源。ここから川の水をポンプで汲み上げ公園側に分流する。他に地下水も汲み上げているのだろうか?。親水公園を流れる水は循環処理されてる。本流はすぐ先で暗渠化し、都電の走る道路をもぐり、線路敷を超えて隅田川に直行する。
 親水公園が表舞台とすると音無川の三面張りは舞台裏になろうか。そして今立っているこの場所はさしずめ楽屋口。音無川を横目に階段をつたっていくと公園という舞台に登場するというしかけ。
 最初、川の底を覗き込んだとき親水公園の景色との落差に戸惑い、こりゃあんまりだと叫び、公園整備に拍手喝采の気分になった。いま、写真を眺めてもういちど振り返ってみると、三面張りの石神井川もなかなかわるくないなと思う。後日、もう一度、近くを訪れたときは川沿いのコンクリートの壁に沿って歩いたけど、親水公園には寄らなかった。ずっと眺めていたかったのは舞台裏のほうだったのだ。
 自分にとって都市を流れる川はいつも、明るく健康的な内に、恐ろしいものやそこはかとなく陰うつさを漂わせているものだったと。教科書や学校の先から川の自然の大切さを聞く、かといって、本当に川で遊んでいると何てことをしてるんだとこっぴどく叱られる。だから内緒で近寄る。壊れた自転車や生活の廃棄物や犬の死骸が流れてる。日が暮れて群青色の空になったころ我に返り、自転車をギコギコこいで逃げるように家に帰る。藍色の夜を背景に山吹色の灯りを見つけると泣きたくなってくる。奇麗だけど近寄ってしまってはいけない、だからこそ近寄って遊ぶ、そういうアンビバレントの魅力が都市の川だった。
 ひどいどしゃぶりで川の流れは洗濯機のよう。それでも水面は恐ろしく低く、その落差が恐怖心を呼び起こす。足下から水面まで垂直に落ちていくコンクリートの壁をみていると、「奈落の底」と言う言葉がぽっかり浮かんでくる。

《まちあるきの参考にしたWEBSITE》

 まちに出るまでこんなこと考えてもみなかったので特に参考にしたサイトというのはない。後日、川と親水公園の健康さとは別の陰影を書いているサイトはないものかと気になって検索してみた。面白いなと思ったのは、MacとCameraの言いたい放題の石神井川探検記。上流から隅田川まで自転車で巡るというもの。

その雷雨で石神井川が抱えている恐ろしさが少し把握できた。1時間程
度の降雨(激しく降ったのはもっと少ない時間だった)にもかかわらず、
あっというまに濁流と化した。


 自分が見た音無川とおんなじだ。
 もうひとつ、音無川親水公園の健康さへの違和感、というか個人の体感との奇妙なズレについて書かれていたのが電脳六義園通信所。気になること、どうしてもこだわってしまう些細なことを巡ってWEBを廻っていると何故かこのサイトに行きついてしまう、自分にとってすごく不思議なサイト。運営しているのはデザイナーさんかしら。

今の王子駅周辺は去勢されたように明るい。音無川の川底に降りて親水公園を歩いてみたりするが、もうこの町に「死者とともに手を繋いで歩ける道」は無くなったなぁという感慨があるだけである。


 王子のことも音無川のことも知っていることはほとんどない自分にとって、触覚的にどうにか近付いていける数少ないよりどころになった。それで、自分が生まれた町のことを思いだしたりしてしまったよ。
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音無川親水公園-05.音無川の聖橋 駅反対側のサンスクエアと共に、今回のお気に入り。正確な名称は音無橋。
 渓谷、コンクリートのアーチ、重厚な曲線と垂直のスリット。で、誰もが思うのはお茶の水にある聖橋との関連。聖橋は単連だけど音無橋は三連アーチ、なので三倍偉い!ということもないが、三連をひとつながりに眺めると聖橋とは違った趣きがある。
 永代橋で橋梁デザインの自信を深めた山田守。彼が聖橋を設計したのは翌年昭和2年(1927年)のこと。音無橋の架橋は昭和6年だからそれから4年後、つまり舟串橋のように親水公園が先にあったというわけではない。もともとこういう橋だったわけだ。山田守の作品集に音無橋は載っていないし山田の設計ではないようだ。昔は、橋のたもとに船着き場があったらしい。(舟串橋の意匠もとってつけたわけではなく、昔そこにあった橋に似せてる。)
 当時、滝野川区と王子区は広大な軍用地を持っていたある種の軍都だったし、音無橋の目と鼻の先の陸軍造兵廠では鉄砲をつくってた。それゆえ、当時の政府が帝都としての格をこの橋梁に求めたとしてもおかしな話ではない。少なくとも聖橋は官からも評価され、都市デザインの型として認められていたのではなかろうか。
 音無橋が公園のためにデザインされたかのように思わせる、その絶妙の効果をもうひとつ。
 音無川親水公園は、地べたより相当低い場所につくられてる。で、王子駅側からみて、音無橋を超えたすぐ先で、どん詰まりに行きつく。そこが親水公園の終着点で、突如、地べたから壁がたち立ちはだかる感じになる。音無橋のアーチが、その閉塞感を上手にやわらげ、奥行きをつくっている。音無橋のアーチが公園にとってはプロセニアム・アーチの役割をしているのだと思った。
 親水公園と音無橋を比べると、音無橋のほうが肌になじんだ感触を感じる。それはデザインの善し悪しということではなくて、経過した時間の積み重ねのせいだと思う。親水公園だって出来た当初に比べれば土地になじんできた。うまく言い表せないけど、新しい風景が古い風景の力を借りる際にある種の親密さを継承できていたら、それって良い風景なのだと思う。
 聖橋を見上げる角度で眺めるのは難しいけれど、ここはそれができる。親水公園の渓谷風味に一役買っているし、それが古い風景の力を借りるということなのだろう。そのアーチの下は夏の強い日差しを避ける絶好の避暑ポイントになるという。そのアーチの下で音を発したり手を叩くと、もわ~んとした余韻が残るのだという。
 写真が陰うつなのは、テクニックの未熟さと降り出した雨のせい。昼下がりの時刻なのに何かの賞を取ったらしい街灯にはすでに灯がともっていた。
 帝都だからといって加藤保憲がドーマンセーマン振りかざしたりはしないよ。

《まちあるきの参考にしたWEBSITE》

 音無橋の現在の全景は、Sight-seeing Japanで、かつての全景は土木学会図書館戦前土木絵葉書ライブラリで見られる。どちらのサイトもとても充実している。わたしも気になった音無橋と聖橋の関係については、散歩の変人が取り上げていた。

1930(昭和5)年建築のこの橋は御茶ノ水の聖橋と酷似しています。今調べてみたら、聖橋の建築年は1929(昭和4)年、東京市復興局橋梁課架設で、設計は山田守でした。旅をしていると時々でくわす、気になる建築家です。


 山田守については、公式サイトである山田守建築事務所、それから分離派建築博物館が詳しい。これはまちあるき後に知ったサイトだけど、幕末から近代にかけての古写真は、長崎大学付属図書館 幕末・明治期 日本古写真メタデータ・データベースがとても充実していて、WEBで数々の古写真をみることができる。「王子滝野川」「王子の茶屋」で連想検索すると、舟串橋の原型となる橋?や音無川沿いの建つ扇屋の往時がみられる。
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音無川親水公園-03.公園の巨樹「メタセコイアだよ」と管理人さんが教えてくれた。メタセコイアって「生きたカセキ」のメタセコイア?、公園のコンセプトになじまない名前だなと気にかかっていた。
 1939年、三木茂博士がセコイアに似た化石が発見、『メタセコイア』と命名。
 1945年、中国四川省磨刀渓村に同種が現存することを確認。
 1949年、国と皇室が中国から挿し木と種子を譲り受け、日本に広まる。
小石川植物園、皇居、水元公園をかわきりに全国各地に植樹されたというから、ここのメタセコイアもその中のひとつかもしれない。
 それにしてもデカイなぁ。最終的には30~40mになるらしいので、数十年後にはどうなってるんだ?
 わが国の
 たちなほし来し
 年々に
 あけぼのすぎの木は
 のびにけり
 これは昭和天皇が謳われた句。戦後復興の願いを重ねていたという説がある。メタセコイアの学名はMetasequoia。英名のdawn redwoodを訳して、和名アケボノスギ。dawn redwoodって奇麗な名前だ。冬の空を背景に冴える木々の枝振りをイメージする。
音無川親水公園-06.コミュニティガーデン 都電の走る道路と親水公園に挟まれた一角、メタセコイアの巨樹の下。元はビルが建っていた敷地跡だと思う。おじさんが竹と木で庭周りの柵を修繕していた。
 道路からみて一段下がったところがコミュニティガーデンになっていて、そこからもう一段下がると親水公園になるという塩梅。で、この高低差が秀逸。道路から一段下がってるおかげで、落ちついて花の手入れができる。道路から花を眺められる、その向こうには親水公園の渓谷が見える。なにより花が美しく見える。
 親水公園の緑とこっちの緑は質が異なる。親水公園のほうは大掛かりで大きな組織が整然とやってますというかんじ。もちろんよく手入れされていて清潔感いっぱい、とても現代的。こちらはスモールスケールで手の感触が伝わってくる。土の匂いも感じる。細かくて多様。どちらがより優れているということではなく、二つが並んでいることで、両方が活きてるかんじ。
 ガーデニングしているのは地主さんの知り合いなのだろうか、それともサークル活動のグループなのだろうか?。いずれにせよ巨樹の下の庭はテンポラリーな存在なのだろう。新築の計画がたったら閉じるのだろう。いつまで続くのかわからないけど、ちょっと惜しい存在であると思う。
 公園の管理人のおじさんに経緯を尋ねてみたがよくわからないとのことだった。そのかわり、管理人のおじさんは北区の観光地図を持ってきてくれた。メタセコイアの話はこの管理人さんから聞いた。

《まちあるきの参考にしたWEBSITE》

 というか、メタセコイアにしろコミュニティダガーデンにしろ事前に調べてはいない。帰ってきてから、音無川親水公園のメタセコイアを検索した。ちゃんと出てた。で、骨身にしみたことは、第一に興味がなければGoogleを使ってもたどり着かない。第二に存在を知らなければGoogleを使ってもたどり着けない...。メタセコイアに関する説明・エピソードは、WikipediaY.HADA'S Home Pageなど。
 メタセコイアに限らず、東京の公園の成り立ちや植生については、(財)東京都地質調査協会の技術ノートNO.31が分かりやすかった。この技術レポートシリーズは、東京の地質にとどまらず、地理や都市計画を知る上で絶好の資料、隠れた名サイト。あんまりすごいのでタイトルを並べてみる。

東京の地名と地形、多摩川、東京湾、東京の斜面と災害、東京の野菜、大江戸線、三宅島、東京のお酒、東京の公園、首都圏を支える鉄道網、東京のまちなみ、東京の水辺、東京の道、東京の台地、東京の川・神田川、東京の防災、東京のトンネル、東京の運河、東京?フ低地、東京の上水道、東京の山、東京のエネルギー、東京の下水道、東京のベイエリア、山手線、都内の庭園、東京の温泉、東京の高速道路、東京の遺跡、新東京都庁舎、東京の石、東京の地下鉄、隅田川の橋、建築基礎工法の変遷、東京の川と水、東京湾の埋立、江戸城なりたち、超高層ビルの地質と基礎形式、東京都の地形区分図・地質断面図


ね、すごいでしょ。
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