東京バーベキュー ~歩くひと、佇むひと~

 
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より大きな地図で TKO-BBQ vol.10 STATION TO STATION、鶴見 を表示

川の痕跡というものはなかなか消せないものだなあと思う。東京を歩こうと決心した当初は東半分いわゆる「下町」に特化するつもりもなかったし、そのことは今も変わらないのだけど、最初に王子の町を選んだためか、石神井川~隅田川~中川と川に導かれるように歩くことになってしまった。痕跡というのは自然の河川に限るものではなく、人工の運河、小さな用水路、池や沼も立派な痕跡を残すのであって、だから「川の痕跡」というよりも「水の匂い」と言ったほうがよいのかもしれない。

水があって、水の匂いがするところで何かが始まって、川の流れに物流が起きて、それが時代とともに変化すると、土地に水の痕跡が境界として堆積していく。大抵の親水公園や緑道をくだらなく感じてしまうのは、それが一貫して水の臭いをクレンジングする方向に向いているからだ。そのくだらなさ、どうしようもなさ含めて、東京の東半分の魅力はそのように成立しているように思える。

海にほどよく近い町があって、町の中央を大きな川が流れていて、物流のためのローカル線が走り、工場の町としてずいぶんと繁盛した。鶴見ってそういう場所だなと、昔はそんなこと考えもしなかった。

海沿いの工業、ローカル線、沖縄。リスペクトを込めて「臨海地帯の町」と呼びたい。そんな鶴見を鶴見線をつたって海まで進み、歩いて戻ってくる。そうやって、昔は考えもしなかったことを考えてみる。

01.STATION TO STATION
02.鶴見西口オープンカフェ
03.鶴見三業地
04.鶴見臨港鉄道鶴見駅
05.鶴見線本山駅
06.臨港デパート
07.鶴見線国道駅
08.鶴見線浅野駅
09.徒歩、浅野~安善
10.鶴見線安善駅
11.寛政町を歩く。
12.鶴見線海芝浦駅
13.鶴見、ゴム通り
14.鶴見、仲町通り商店街
15.鶴見、仲町通り商店街 (続)
16.鶴見、潮田、海の町
17.鶴見、本町通り
18.潮鶴橋から鶴見川沿いを歩く。
19.鶴見、生麦、魚がし
20.鶴見、花月園前駅
21.鶴見、花月横丁
22.鶴見、国道下
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Tsurumi-Station

むかし、鶴見に足げに通っていたことがある。鶴見駅前でオープンカフェやってるよという友人の紹介に興味を持ち、それで通い始めたのだ。

横浜商店街/街500 街を動かす 鶴見区・鶴見西口オープンカフェ協議会

オープンカフェは98年9月に誕生。
当初は月1回だったが、今年からは月2回(第1・3日曜日)、11時から夕方まで展開されている(12~2月は休み)。
オープンカフェのきっかけとなったのは、地域の住民からまちづくりへの意見を聞こうと、鶴見区による区民活動部会が組織されたのが始まり。区・住民・商業者らで西口の違法駐輪対策について話合う中でオープンカフェのアイデアが出され実験的に開催。

その友人からも、違法駐輪対策からオープンカフェが誕生したというように聞いていた。僕は、公共の場所を自由に好きなように地元が使うというのが面白そうで、それで関心を持ったのだ。

arch-hiroshima オープンカフェの景

道路でのオープンカフェを阻む3つのハードル
(ハードル1)法令の想定外の事項であり、実現にはその都度法解釈と協議が必要。
 道路管理者(自治体)の気持ち…
(ハードル2)道路占用許可のためには、フリーライダー批判に対応できる理屈が必要。
 道路管理者(自治体)の気持ち…
(ハードル3)警察は、原則として交通阻害要因となるものに道路使用許可を出さない。
 警察の気持ち…

こういうことをいろんな場所で議論してた、そんな記憶がある。

とにかくそんなわけで時間をつくっては鶴見まで通い、"コーヒーを飲みながら道行く人を眺めたり、本を読みながらゆったりした時間を過ごし" てみたのだった。本は家から持ち込むのがほとんどだけど、ときどき、オープンカフェに置いてある本を読んでみたり、鶴見駅前の本屋さんで買い込んだりした。何度か通ううち、知り合いめいた人もできた。"仲間をつなぐ参加型イベント" ってやつなのかと、そんなふうにも思っていた。それで、鶴見を知った気になっていたのだ。でも、それは間違ってたと思う。当たり前のことだけど、"仲間をつなぐ参加型イベント" に参加することは、"仲間をつなぐ参加型イベントに参加すること" でしかない。

このところずっと東京の町を歩いていてきて、そのことで、知らない町との距離感が変化してきた。それは自分にとってとてもよいことだと思う。だから、かつて鶴見西口オープンカフェに入れ込んでいた人、そこから少しずつ変化していった人と鶴見を歩いてみたい。今回、鶴見を歩くことにした理由は案外そんなところにある。

それにしても、オープンカフェに通っていたのは月1回の開催もままならない頃だったはずで、もう10年も昔になるのだな。

※)参考にしたWebsiteはこちら
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Tsurumi sangyou-chi 2

駅東口、京急鶴見駅の向こう側の飲屋街。むかし、この辺りで何回か飲んだことがあるけど、こんな早い時間に歩くのは始めて。平日の昼時なのだけど、それにしても人がいない。ネオンと原色の看板と闇に隠れて気づかなかった年代物の壁が目に入ってくる。

Tsurumi sangyou-chi 1

四つ辻に「鶴見三業地」の文字を見つけた。隣の共同マーケット式建物の階段には、「三業共同ビル」の文字。しかも「地下街」って...。

地下街にはショットバーやら喫茶店もあるらしい(ふと思ったのだけど、「喫茶店」という言葉自体が既に懐かしい響きと化しつつある)。入ってみたかったけど、この時間じゃ開いてるわけもなし。

Webでも、『床屋で近辺のおいしいものの話になった。さすがに長年の付き合いもあって、ネットだけでは出てこない店も聞くことができた。その中で中華の店の話…「さんぎょうちの中にね」(虎(黄にゃんこ)と馬と猫)』というような会話が見つかるし、『つるみ三業地マップ(準備中)』なんてのもあるくらいだから、一般的にも通用する名称なのだろう。

三業地の三業とは、芸者置屋・待合・料亭のこと。置屋が芸者を供給し、料亭は料理を提供し、待合は座敷を提供する。業ごとに管轄する法律があり業単位で警察から許可を受ける、三業は三業で組合を組織し共通の利益を確保する。そういう実体のあるシステムということ。偶然そのような業態が集まるのではなく自然に分業体制が整ったわけでもない。

断腸亭料理日記2008・神楽坂のことから、江戸の岡場所と東京の花柳界について、おまけ

もう一つの大事な意味は、“芸娼分離”ということであった。
“芸”は芸者さん、“娼”は娼妓、いわゆるお女郎さんのこと。
逆の言い方をすると、一般には、芸者さんと、
娼妓は分かれていなかった、というのが本当のところだったのである。
...
こうしたところは、飲食だったり、いわゆる踊りや三味線という
芸が主なのか、“もう一つの商売”が主なのか、よくわからない
ところだったのである。
(それを隠蓑にしていた、ということも、むろんあったのであろう。)
明治のお上は、こうしたものを管理下に置くために、
芸者と娼妓とは分けて三業地というものを制度化していった。
(ただ実態が分離されていたかどうかは、また別の問題ではある。)

"花柳界=江戸の雰囲気" は短絡的過ぎないかというのはその通りだと思う。鶴見三業地は街道筋に接している、京急下のベルロードは旧東海道に当たる。だから起源は古いのかもしれない。鶴見橋(現鶴見川橋)は景勝の地として初代広重も描いているし、近くには總持寺もある。ここは總持寺の門前といって差し支えないようにも思える。けれどそれが、"近代的な" 三業地として栄えたのは、鶴見港湾の工場進出にあるのではないか。

鶴見区の概要・歴史(5)によると、鶴見駅の開設こそ明治5年だけど当時は東口のみで,西口が開いたのは大正9年(1920)のこと。浅野総一郎が潮田の地先を埋立て広大な埋立地をつくったのはちょうどこの頃。しばらくして、旭硝子・浅野造船・芝浦製作所が進出し、大正15年(1926)には鶴見臨港鉄道が開通する。鶴見駅はたくさんの工員で賑わったはずで、それこそが鶴見三業地の原動力なのではないか。

大きな川沿いに、工業用水と電力と水運を頼りに工場が進出し、鉄道というインフラが敷かれ、遊興地が求められる。というのは、隅川沿いを荒川区の町と同じ構造だ。というか、それこそが東京郊外の水辺の近代の原風景なのだけど。

水ってのは、町に陰影を残していくんだよな。

※)参考にしたWebsiteはこちら
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Tsurumi-Station 1

かねがね残念に思っていたことがある。これ鶴見駅の駅舎なんだけど、実にいいかんじ。けど、西口のペデストリアンデッキと植栽に隠されてて、風景の中の存在が希薄なんだよな。

Tsurumi-Station 2

地上部から樹木をよけつつ見上げると、かろうじてこんな風に見える。

鶴見線が鶴見臨港鉄道としてスタートしたのは1926(T15)、それから紆余曲折があって、1930(S05)の全線電化と鶴見仮駅開設でようやく旅客営業を開始する。念願の国鉄鶴見駅乗り入れは1934(S09)だから、このファサードは昭和初期のものということになる。ちょうど震災復興事業で、東京に近代的な学校や同潤会アパートができた時期と重なるわけで、この鶴見臨港鉄道鶴見駅もそれらと同様のモダンな雰囲気が漂ってる。

Tsurumi-Station 3

これは駅コンコース。スチールのシンプルな骨組みが美しい。

Tsurumi-Station 4

プラットホームの端までいったら通行止めの階段があった。家に帰ってしらべてみたら、どうやら反対側のホームへの連絡通路のようだ。混雑時のみ、反対側の4番線を使用するらしい。

もしかしたら、この階段は元もとは単なる連絡通路ではなく改札への動線だったんじゃないか。階下の改札を出るとモダンな駅舎の風景が見られたのかもしれない。ちなみに、鶴見臨港鉄道は、その後、1943(S18)に戦時買収私鉄として国有化されるのだが、この駅ビルは現在も鶴見臨港鉄道の持ち物らしい。

※)参考にしたWebsiteはこちら
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01
 
Honzan Station 1

鶴見駅すぐ近くに廃駅跡があると聞いて寄ってみた。
車窓から見える本山駅は、直射日光と湿度でコンクリートはぼろぼろ、階段はフォトショップで加工したのかと思うくらい見事な赤錆がふきでてる。
場所は、總持寺前の開かずの踏切横になる。

これが開かずの踏切。
Honzan Station 3
やっぱり開かない...
Honzan Station 2
こういう時間の方が長い。
なので、エレベータ付きの横断橋が設置されてる。
エレベータは自転車も利用できる。
でも、バイクは使用不可と説明書きがあった。
向かいは總持寺、緑が深い。
Honzan Station 4

本山駅が旅客駅として開業したのは、1930(S5)のこと。
鶴見線は駅の開業・廃止の変遷が激しくて、ここ以外にも改廃された駅がたくさんある。
1942(S17)、太平洋戦争の時節、本山駅は廃止になる。
空襲で被災し、そのまま廃止になってしまうのだ。
たった12年間の駅。
横断橋を渡り、すぐ左だろうと見当をつけて歩いてみる。

高架下はこんな感じ。
Honzan Station 5
バス関連施設として使われているらしい。

プラットホームの端側。
Honzan Station 6
ハイサイドライトのようになってるのは、ホーム下に換気口として用意されたものだろうか。
もう一方の端側、こっちが開かずの踏切寄り。
Honzan Station 7
まぎれもなく階段だ。

素のまま残ってて、拍子抜けするほど。
ここがカフェやギャラリーだったら、これみよがしに構造を見せるのだろうけど、こうまで当たり前にごろんと横たわってると感情移入のしようもない。
で、それがいいと思う。

※)参考にしたWebsiteはこちら
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Kokudou Station 11

鶴見線の高架沿いを歩いていくと、途中から途中でアスファルトの舗装が途切れ、砂利道に変わる。鶴見線が東海道線をまたぎ、左にカーブを切る辺りだ。高架の下にはびっしりと住宅が入っている。高架下に建物が張り付いているのは珍しい光景ではないが、たいていは繁華街の中であって、1階は飲食店などの店舗に使われているものだ。だから、この風景はちょっと驚く。アスファルト舗装でなく砂利道なのは、ここがJRの管轄下に置かれているからではないか。おそらく高架の側道でありJRの私道。

Kokudou Station 01

カーブの終端に差しかかった頃、その小径は幅広の道路とぶつかる。その向こうに国道駅が見えてくる。コンクリート製の橋桁が駅舎へのアプローチになっている。橋桁には「新国道架道橋」と書かれている。入口には赤いポスト。

Kokudou Station 02

よく手入れされブルーに塗装された鉄橋と対照的に、その駅舎の外壁は放置されている。剥落を恐れてか、くすんだ小口タイルの前面は金網で覆われている。壊れた窓を遮るためなのか唐突に木が一本植えられている。それがなんとも無造作、なげやり。その木で隠された窓の下の傷は、米軍の機銃掃射による弾痕の跡らしい。これは太平洋戦争の話。

Kokudou Station 03

ポストの隣は不動産屋(らしき跡)。木製の看板に手書き文字。神奈川県公認。

Kokudou Station 04

その向かいは焼鳥屋「国道下」。ここは間違いなく営業してる。けど、今の時間は当然開店前。

Kokudou Station 05

後ろを振り返ってみる。

Kokudou Station 13

"KEY STATION" 、文字の名残り。カフェかと想像するが、キオスクだったのかもしれない。というより雑貨屋か。

Kokudou Station 06

くすんだ壁、天井。2階は完全な無人状態。

Kokudou Station 07

無人の店舗跡に「生麦魚介商組合」の碑。どうして碑など置くのだろうか。

Kokudou Station 08

駅の反対側に出る。向こうはもう鶴見川。駅舎に接して鉄橋の橋脚が建てられている。プレートには「旧国道架道橋」とある。「旧」は国道にかかるのか、それとも橋に架かるのか。目の前の道は旧東海道なのだ。表側である国道15号側からここまで薄暗いトンネルになっている。このトンネルは「臨港デパート」と呼ばれていたそうだ。

Kokudou Station 09

もう一度、振りかえる。高い天井、高い空間が気持ちよい。あと、ひんやりとした湿った空気も。

Kokudou Station 12

プラットホームはいたって普通。屋根を支える鉄の曲線が美しい。

Kokudou Station 10

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13
 
Kokudou Station 17

臨港デパートの高い天井のチューブの一角には改札口がある。鶴見線国道駅改札。無人駅であるばかりか自動改札口すらない。古い木製の改札口が今も残されてる。

Kokudou Station 14

切符を回収する箱、非接触型カードの処理のための機械。つるつるの機械のよそよそしさが場違い。

Kokudou Station 15

ホームまでの階段。途中の踊り場から鶴見駅行きホームへ分岐している。空中歩廊の天井は低い。梁やら設備は相当に痛んでいるらしく、応急の措置がとられている。

Kokudou Station 16

この分岐はチューブの空中を横断する渡り廊下になっている。トラディショナルな博物館みたいな駅。

だれもいない駅にひとりでいるのがこんなに気持ちよいことだとは知らなかった。

※)参考にしたWebsiteはこちら
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Asano Station 08

国道駅から鶴見線で海芝浦駅へ向かうつもりで、とりあえずここまで来てみた。うかつだったのだけど、海芝浦駅行きの電車は2時間に1本しかない。当座、着いたのは浅野駅。浅野ってのは浅野セメントの浅野だろうか、そういえば、すぐ向こうにセメントのプラントが見える。

この駅、ホームの配置が面白い。駅は急カーブで分岐する箇所に位置してるので、その分岐に合わせた形でホームが配置されてる。それで、こっち側のホームからあっち側のホームを眺めると、妙にねじれた位置関係になっている。

Asano Station 01

ホームの幅もこっち側は普通なのだけど、反対側に行ってみるとやけに幅広で、あまった部分が花壇になってる。ちゃんと花も植えられてる。

Asano Station 02

進行方向、つまり鶴見駅とは反対側、急カーブで分岐していく部分は踏切になっていて、だから、踏切が二つ連続してることになる。

Asano Station 05

左手は普通の工業地帯の風景なのだけど、右手は工場の中に入り込んだみたいになってる。

Asano Station 04

今来た方向を振り返ると、やけにのどかな風景。

Asano Station 03

ホーム間の移動には、歩道橋などなく線路を歩いて渡ることになる。

Asano Station 06

線路を渡って、あっち側のホームに行ってみる。木造の木組みが凝っている。小さな駅、人のいないホーム、木造の木組み、鉄錆色の工場。なんだか台湾のローカルな駅に来たみたいな気分だ。

Asano Station 07

さて、やることがなくなってしまった。

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