東京バーベキュー ~歩くひと、佇むひと~

 
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14亀久橋はすごい_00

 自分の中で、門前仲町・深川・木場というのは、整然とした街区に整然とした街路、そこに3~5階建てのビルが建っていて、ビルの合間に名所旧跡が点在してるというもの。入り組んだ路地があるわけでもなし、朝からおっさん連中が酒飲んでるわけでもなし、いたる所が江戸の景色というわけでもなし、なんとなく捉えどころがない。

 もう昔のことだけど、江東区生まれの女の子と辺りをデートしたことがある。「芭蕉庵」という松尾芭蕉ゆかりの建物があって、小名木川を渡ると「清澄庭園」があって、二人でよく散歩した。小名木川は、江戸幕府が行徳辺りでつくった塩や、銚子や野田でつくった醤油や、日本海産の海産物や、それから米を江戸に運び込むために海岸線そいに掘った運河で、だから、ここから先は海だったというわけ。門前仲町の商店街や深川の縁日にも顔を出した。たしか、隅田川の花火大会にも一緒に行った記憶がある。始めて見る門前仲町の商店街は僕にはちょっと意外なものに映った。

 とにかく道が広くて、整備されてて、どこまでもまっすぐなのだ。道と言う言葉より、街路という言葉を使った方が景色をイメージしやすい。並んでいるお店も、僕の想像する商店街とは違ってた。うちのほうだと、商店なんてその日暮らしの延長みたいなもので、なんとか一年やって、「暑くなりましたねえ」と」挨拶して、「寒くなりましたねえ」と挨拶して、「ようやく大晦日ですねえ」、「来年も無事で過ごせますように」となる。道も、狭い、広いの差はあるものの、途中で変な風に折れ曲がっていたり、ゆるやかにカーブしていて、見通しがよくない。門前仲町の商店街は、全然そうじゃないように見えた。「道」でない「街路」に整然と並ぶお店はどこも堂々とした門構えで、その日暮らしというより経営という言葉が似合う気がした。そんな印象が僕には、どことなく、よそよそしさを感じてしまったのだろう。

 商店街というのは、寺院の門前や、市場の外側だったりに、出来るものだ。向島「鳩の街商店街」の先っぽで、「鳩の町」の名残を見つけて「そうだったのか!」と驚いたのだけど、それもまた普通の商店街の姿だと思う。この辺りもかつては須崎という赤線があった。もっともそれは根津の遊郭が帝大近くにあるのは風紀上よろしくない移転せよといういささか身勝手な事件が発端なのだけど。それから、深川の辰巳芸者というのも、北の吉原、辰巳(南東)の深川と言うくらい名の通ったものだった。けど、その香りは残っているのだろうか。

 深川というのは、海辺に近いので大名の別宅とか多かったけど、元々は漁師町だった。江戸時代は、潮が満ちると海に沈み、潮が引くと地面が顔を出すような場所だったらしい。その地面には当時の生活ゴミである割れた茶碗とかが辺り一面見えたのだろう。

 隣の木場という町は材木商の町で、その材木商は江戸築城に貢献してここに住むのを許された。辰巳芸者は、吉原のような全国区の金持ちやお上りさんを相手にするのではなく、気性の荒い地元の漁師や材木商を相手にしていた。だから、気っ風が良くてちゃきちゃきしてた。芸者なんだけど男物の羽織を着てた。木場の入札は一流の料理屋で開かれた。そういうのを相手にするのが辰巳芸者。だから、通好み、粋。極彩色で豪華絢爛じゃなくて、藍色に利休ねずみ。吉原みたいに野暮ったくない、という自負を持ってるのが辰巳芸者。元祖江戸っ子というのは神田・日本橋辺りだけど、「べらぼうめ。こちとら江戸っ子でぃ。宵越しの銭はもたねえん」は、深川・木場辺りが元祖じゃないかしらん。

 突風のなか、川沿いを散歩してたら、「橋を渡れば、日本橋浜町よ。」と彼女が口走った。夕涼みの隅田川で聞く、その言葉のリズムがかっこ良いなと、風が見せてくれるスカートの中の白い布切れを眼に焼きつけながら、僕は思ったのだった。

《TKO_BBQ vol.06 エントリ一覧》

01.深川、半纏の似合う川の町
02.当たり外れのないルートを決める。
03.浜町という名の日本橋。
04.浜町公園、都市勤労者の公園。
05.浜町の隅田川。
06.新大橋から見る清洲橋。
07.森下界隈。
08.深川神明宮の神輿の絵。
09.芭蕉、隅田川を見つめる。
10.萬年橋に佇む。
11.清澄の門。
12.清澄庭園を一周する。
13.清澄モダン。
14.人を見るのが心地よい街路。
15.公園の中の川の痕跡。
16.亀久橋の虫たち。
17.川の際ということ。
18.揺らぐ首都高。
19.富岡八幡宮のジャンクと七五三。
20.伊能忠敬。
21.深川不動堂、草履と背景。
22.辰巳新道という路地。
23.小料理屋とランドセル。
24.川のある町。
25.TAMIYA
26.橋の意匠。
27.the river
28.洲崎の影。
29.窓。
30.砂町銀座、町の奥行きを思う。
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散歩ルートの比較

 めったに読まない「散歩の達人」という雑誌を立ち読みして、ご推薦の散歩コースを見たけどなんかイメージ湧かない。この前のまちあるきで「ちい散歩ってすごくない?」ということになって、内心同じこと思ってた僕は、やっぱ注目するものは同じだなあとびっくりし、納得したので、その「ちい散歩」のコースをトレースしてみた。

 ひとつ前のエントリのGoogleMapに書き入れたグリーンのラインが、散歩の達人&ちい散歩のコース。でもって、上に張りつけたのが、それぞれの見どころ紹介ポイント。どれも最低限のツボは押さえてる気がする。逆にいえば、どれを参考にしても似たり寄ったりだし、こういうのはさくっと見て、深く突っ込まないでよしとしちゃえばいい。で、ふたたび、ちいちいなんだけど...

 ちいちい、しつこく三回も行ってる。ちいちい、一般的な名所旧跡コースをはずれて、どんどん町の奥に行っちゃうのね。そして、一見何もない方角にそれていくのは、まちあるきとして正解だと断言したい。すげえよ、ちいちい。

 知らない町を歩くにあたってとにかく目星をつけておきたい...、ということなら、ちい散歩でいいんじゃないかと思った。ちい散歩に関しては、「これ」と「これ」もあわせておすすめ。
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01浜町_00

今回のまちあるきは、日本橋浜町から。

隅田川以西、神田川以南、日本橋○○町と名付けられている一角に行くと、窮屈な気持ちになってしまう。この一帯こそ正統な下町、なんちゃってでない正真正銘の下町だという気負いもあるし、その割にはいわゆる下町っぽさ(それは、一般的には「昭和っぽさ」と同義になっている)を見つけるのは困難で、あるのはただただビルばかり。そんな歴史と風景と表層のギャップが窮屈な気分につながっているのだろう。正統な下町で生っ粋の下町の風景を探そうとすると、老舗の店舗の内部を歩くことになるのではないか、そんなふうに思う。

冒頭の写真は割烹の金田。外観は民家というか料亭であって、派手な暖簾もお品書きのショーウインドウも店の看板も見当たらないので、とんでもない高級店と思われがちだけど、昼のかき揚げ定食が有名。以前は昼のみの営業だったのだが、今は夜も店を開けているらしい。

そんな能書きより、入口隅に張られている東京オリンピックのポスター。短距離走のスタートダッシュの下に金文字で"TOKYO 1964"は、オフィシャルポスターとして二番目に出たやつだと思われる。第1号はでっかい日の丸。どちらも亀倉雄策。
特別展・亀倉雄策のポスター The National Museum of Modern Art, Tokyo

 1964年に開催された東京オリンピックは、単にスポーツだけではなく、いろいろな意味で時代を画するイベントだった。この東京オリンピックのためのデザインについて、勝見勝を中心とするデザイン委員会が設けられて一貫したデザイン・ポリシーが計られた。それは、東京大会マークを一貫して用いること、五輪マークの五色を重点的に用いること、書体を統一すること、つまり視覚言語の重視だった。そして指名コンペによって亀倉の制作したシンボルマークが決定されたのである。そして、このシンボルマークを中心にオリンピックのデザインポリシーが展開されたのである。

オリジナルは結構な値段で取り引きされていると思うのだが、こんなところに無造作に張り付けてある。そういうところに、こちらの気分はもう負けてしまうな。

01浜町_02

これは明治座。地下鉄浜町の駅で待ち合わせしているとき、和装の女性がひっきりなしに通り抜けていった。古い建物は平成2年まで営業していた。Wikipediaに当時の写真が載っている。ここは純粋の民間劇場なのだけど、オーナー家は江戸時代の著名な置屋であり、ミシュランガイドで三つ星に選ばれた料亭の経営者でもある。

江戸時代の置屋、東京オリンピック、ミシュランガイドとつづくと、やっぱり気後れしてしまうのだった。

01浜町_01

表通りでない一筋入った辺りの日本橋浜町。かつては日本橋久松町といった。交差点とバス停には、いまも久松町の名が残っている。

※)参考にしたWebsiteはこちら
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02浜町公園_00

明治座脇のプロムナードを進むとその先が浜町公園。程良く並木が整備されたプロムナードは、お昼時には、コーヒー飲んだり一服したりのサラリーマンやOLでいっぱいになる。高いビルに囲まれてる分だけ存在感があって、マンハッタン辺りのきりっとしたビジネス街を思わせる雰囲気。

02浜町公園_01

そのプロムナードの先が浜町公園。

この公園、中央区では一番大きな公園だとかで、木漏れ日のおちるプロムナードから見て、左は野球とサッカーのグランド、正面は首都高と隅田川の土手が見える緑の広場に、右は児童公園エリアになっている。児童公園の向こう側には立派な体育館が建っている。広場にはちょっとした池があって子供が水遊びしてる。加藤清正公を祀る清正公寺なんてのもあって、ここにお参りしてる人もいる。もともとは熊本は細川氏の下屋敷だった場所で、清正公寺は当時からのもの。下屋敷とは別荘のことだから、ここは江戸の初期には別荘地だったわけだ。江戸市外の外れの地で隅田川でも見て楽しんだのだろうか。やはり正統的な下町の地である。いまは総合スポーツセンターのようであり、老若男女問わず公園になってる。

実はこの公園、関東大震災の震災復興事業としてつくられた。東京の人工的な大公園はそれまでは日比谷公園くらいしかなかった(江戸時代の名所がそのまま残って公園に使われたというのなら、上野公園や飛鳥山公園がある、飛鳥山公園は最初に訪れた)。震災復興では東京に3つの大公園をつくってる。ひとつはここ、あとは墨田公園と錦糸公園。未曾有の大災害の教訓を活かして、都市民の避難地として防災上の見地から整備されたのだろうけど、それだけではない、ロマンチスト的なコンセプトが秘められている。墨田公園はリバーサイドで、マンハッタンの風景を彷彿とさせる(させたい)、そんな意図が見える。錦糸公園は、下町の工場街の大公園で、これは工場勤労者の憩いの場。そしてここ、浜町公園はというと、帝都のホワイトカラーのための憩いの場として意図されたのだな。工場勤労者もホワイトカラーも花見に興じる一般都民も、みな、健康で文化的に勤労し、健康で文化的に憩いなさいよって、なにやら社会主義国のやたら前向きなポスターの風景なんである。

同じ震災復興でつくられた同潤会アパートがそうであるように、浜町公園も啓蒙主義と理想主義の入り交じったモダニズムの公園だったのだろうけど、今は体育館が建てられたりして、面影はこれっぽっちもない。下屋敷から見る墨田川というランドスケープも首都高がぶったぎってる。江戸・明治の遺産を食いつぶしてる気がしないでもなけど、勤労者のための「健康で文化的な公園」てのがとっくにアウトだったのかもしれない。

やっぱり、プロムナードに溜まりたくなるもな、とか思うのである。

02浜町公園_02

むかし、谷中で飲んで終電がなくなって、浜町公園にたどり着いたことがある。真っ暗な首都高の橋脚の下にうずくまって、鬱な気分をやりすごし、朝を迎えた。

※)参考にしたWebsiteはこちら
Tag : 浜町公園 
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03浜町の隅田川_00

浜町公園でいちばん川を楽しんでるのは、こういう人達なのではないかしらん。
皮肉でもなんでもなく。

03浜町の隅田川_02

公園から土手は遠い。

03浜町の隅田川_01

綺麗に刈り込まれた植込み、首都高...、川の水は遠い。

酔いどれて橋脚の下でうずくまった頃、まだ隅田川テラスはなく、工事中の仮囲いとパイロンと土砂の湿った臭いが充満してた。湿った臭いは秋雨の季節のせいだと思う。
Tag : 浜町公園 
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04-2新大橋から清洲橋を_00

立ってる場所は新大橋、向こうに見えるのは清洲橋。

新大橋や清洲橋を日本橋側から江東区側へ渡ると、ホッとする。靴を履いてリビングルームやラウンジで談笑してるとき、どっかで「ああ、靴脱ぎてえなぁ」とかになって、無意識にソファの上であぐらかいてる。そういうのと同じ。勿論、これは自分の場合であって、だから他の人はホッとしなくても、緊張しても、それは一向に構わない。自分の場合は、隅田川の東側がなじむのであって、それは生まれ・育ちに関係したことなのだ。こればかりはしようがない。

隅田川の橋景色によると、

新大橋 Shin -ohashi
 最初の橋は元禄6年(1693年)に架けられ、隅田川で三番目の橋でした。現在の両国橋が大橋と呼ばれていて、これに続いて架けられたことから新大橋の橋名になったといいます。

清洲橋 Kiyosu-bashi
 関東大震災による復興事業で新設した幹線道路上に架けられた橋で、昭和3年に完成しています。
 遊興地として賑わったという日本橋中洲と江東区清澄地区を結ぶことから、両岸の地名をとった橋名になっています。
 当時世界でも代表的な美しい橋と言われた、ドイツのライン川に架かるケルンの吊り橋をモデルにしたと言われています。 一つ下流に架かる永代橋と対比して、その優雅な景観が評されています。

なのだそうだ。で、自分も清洲橋は綺麗だなと思うし、永代橋との対比もその通り。隅田川の架橋に関して、震災復興事業は本当にいい仕事をしたと思う。世の中の進歩に背を向けたかのような永井荷風の随筆も、震災復興の隅田川なくして語れないところがある(と、勝手に思ってる)。今の新大橋(昭和53年架橋)はちょっとタイト過ぎる気がしなくもない。旧新大橋はファサード(というのだろうか、正面というのだろうか)がかっこいい。そういえば、ゴッホが模写した広重の錦絵「大はしあたけの夕立」の「大はし」は、ここのことだった。wikipediaに旧新大橋の写真と錦絵とその模写が載っている。
Tag : 新大橋 
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05森下辺り_02

森下。清澄通りから一本裏筋に入ると、昔の記憶がよみがえってきた。十年前、いや数十年前だろうか、縁あってこの辺りをたむろしていたことがあった。ここに来る前は、そのこと自体綺麗に忘れていたのだけど。

この道幅、その広さに対照的すぎる道沿いの建物の高さ(低さ!)。

ひとつひとつの建物を気負うしているわけはなく、今見える建物も数十年の間で随分と姿を変えているはずで、厳密にはあの頃とは別のものなのだけど、道幅と建物の高さとそこから見え空がつくる関係だけはまったく変わっていない。

人間は、たったそれだけの情報から途方もない記憶、例えば「気の抜けたような夏の午後の打ち水の臭い」をよみがえらせてしまうのだ。

05森下辺り_00

とん八。確信持てないのだけど、とん八、たぶん入ったことある。家に帰ってきて写真見てたら思い出した。間違っていなければ、かなりおすすめのお店。Webで調べてみたら、演劇関係の酒のみエントリがたくさん出てきた。どうやら、BENISAN-PIT&STUDIOという演劇に使えるスペースのせいらしい。その1983年オープンのBENISAN-PIT&STUDIOは2009年1月25日でクローズ。BENISANは「紅三」で染屋の老舗。『1875年 阿部三之助、浅草柳橋代地に染色工場を建設。紅染めを主体とした絹染めを起こす。「紅屋三之助」と名のるようになる。通称「紅三」の愛称で呼ばれるようになる。』、本社工場跡を活用した新規事業がベニサン・ピットとのこと。知らないことが起きていて、気がついたら終っていた。そういうことはよくある。

05森下辺り_01

表通り。清澄通りの記憶はまったくない。写真に写ってる「夢ふうせん」は、名前だけ聞くと玩具屋さんみたいだけど、風船のスペシャリストで、『バルーンアート用の風船・ヘリウムガスを即日発送します!』という専門店。初めて知った。

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この界隈は染織や繊維、ニット関係の町工場が多かった。そういえば、数十年前、この町に来る理由だった女の子の家もそんな仕事をしていた。これもたった今よみがえった記憶。

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この界隈はもうすこし歩いてみたいのだけど、それは次の機会に。

※)参考にしたWebsiteはこちら
Tag : 森下 
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06深川神明宮_00

七五三。
そういう季節だったんだ、忘れていた。

深川神明宮 -深川発祥の地-

徳川氏の関東入国から間もない慶長元年(1596)、家康公が当地を巡視されたおりに、深川八郎右衛門を呼びよせ、地名を尋ねました。
「まだ住む人も少なく地名もない」と応えると、家康公は八郎右衛門の姓「深川」を地名とするよう命じました。深川の地名の発祥は、神明さまの鎮座する実にこの地なのです。

深川八郎右衛門は摂津出身で、慶長年間(1596~1614)に、この地で新田を開拓した人。佃もそうだけど、摂津人脈が江戸の水辺に与えた影響は計り知れないものがある。

06深川神明宮_01

御輿を収納する蔵。派手でこってりした絵が描かれている。

06深川神明宮_02

深川発祥の地の面目躍起。

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Tag : 深川神明宮 
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