岸町辺りをうろついてから、駅を抜け、音無川沿いにあるリング状の緑道を通ってきた。空は晴れてるけど、あそこはとても湿った空気が流れていて、川底を歩いてるような気持ちになった。それは、とても納得できるものだった。
帰りにサンスクエアの中庭でオレンジジュース飲んだ。空を見上げたら、こんな風だった。
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カーブした階段状の小径を真っ白にして、土の見えるも真っ白にして、建物も真っ白くして漆喰仕上げにして、緑を取っ払ったら、たぶん地中海の小島。あるいは、小径に煉瓦を敷き詰めて、建物を石造りにして、赤・黄・青・緑・金色のアクセントをつけたら、台湾やマレーシアの華僑居住地区。気づきにくいけど、ここ、濃密な空間で居心地の良い坂道だね。
前回は、三平坂を突っ切り、一目散に通り過ぎてしまった感があった。それで、今回はこういう坂の路地に入ってみたというわけ。斜面下からまっすぐゆっくり登り坂が始まるのだけど、ちょっと先で急になる辺りから、まっすぐな小径が曲がりくねっていく。その先は行き止まりだったり、場合によっては、もののみごとに狭い崖の隙間を抜けて台地の上にたどり着ける。たいていは行き止まり。
急斜面に立つ住宅には、びっくりするくらい奇麗な庭を持ってるお宅があった。敷地内斜面下側に住宅があって、斜面上側が庭になってる。住宅の1階は庭に面してずーっと縁側が張ってあって、そこから庭が見られる。縁側の真正面は崖の急斜面で、その岩肌から湧き水が滲み出してる。湧き水は斜面をつたって庭の小さな池に流れてく。池の周りには苔が生えてたり。そういうの。
東京のこんなところにこういう住い方をしてる場所があるってのは驚きだし、もしかしたら、これって山の手居住の原風景に違いないと、そんなこと思った。
個人宅の敷地内だから写真撮るの遠慮したけど、それはまあしようがない。
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踏切りの音につられて、ふらふらと音の方向に歩いていく。王子と東十条の中間地点くらい。これは高崎線かな。それにしても、でっかい踏切りだ。ここはいろんな路線が走ってるので、朝夕の時間帯は大変だろうね。もしかして、開かずの踏切り?
今は5月の日曜の昼下がりで、行き交う電車はさほど多くないけど、それでも、長い時間、踏切りが降りてる。
僕らは、決まった目的もない、ふらふらまちあるきだから、ぼけーっと踏切り越しに電車をみてた。
電車が通り過ぎて、踏切りの向こうが見渡せるようになった。長い踏切りがあって、人も車も長い時間待たされるんだろう。そういう踏切りの真向かいにお店が2軒建ってる。それって、ちょっと懐かしい思いのする景色であるな。
そのお店の背景にこんもりと緑が写っていて、あの辺りは急な上りになっていて、その坂を登りきったところは上野台地だったと思う。前回は、台地の上をずっと歩いてきて、三平坂の急斜面を降りてきた。それで、崖下の町の盆地のような町に思えて、ずいぶん閉ざされた一角だなあと感じたのだけど、こちらから眺めると別の印象。もちろん、長い長い開かずの踏切りだろうから、人の動きということでは分断されてるんだけど、視覚的には閉ざされたという言葉とはちょっと違う。
このだだっ広い空を見てると、「ああ、国鉄だなあ」と思ってしまう。私鉄沿線の空はこういう空じゃない。あまりに広すぎて、ぽっかりしていて、虚ろな気持ちになってしまう。(もちろん、ここでいう「虚ろ」はネガティブな意味で使ってるわけじゃない。)
この「ぽっかり」は、前回のまちあるきでは、感じることの出来なかった感覚。
例えば南橋大橋を歩いて渡ると、眼下にこの線路群が見下ろせて、遠くの高層マンションが見通せて、日没の時間帯だと群青から夕日色に変化する空に満月と宵の明星が光ってる。それは、抜群に見晴しの良い場所なのだけど、「ぽっかり」というのとは大分違う。「ぽっかり」というのはもっと地べたにひっついた特有の感覚じゃないかしらん。町はどこもぽっかりしていなくて、その場所だけ、何かの拍子で「ぽっかり」空いてしまったというような感覚。「裂け目」みたいなもの。
「見晴しのよい場所、夜景の奇麗な場所を教えてくださいな」と訊ねるのと、「裂け目が出来てて、その裂け目がぽっかりしてる場所を教えてくださいな」って訊ねるのでは、まったく別の答えが返って来るんじゃないだろうか。
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