
ちょっとした集まりに出てから、もう一度、仲見世通りへ行ってみる。アーケードの中、空を見上げるように歩いた。入口の時計脇のハシゴみつけちゃったときに、ああアーケードの上に登ってみたいとか考えちゃったせいだと思う。
で、2階の壁がなかなか奇麗なんですよ。クラシカルなモールディングを思わせる凹凸のピンク色の壁、明るいグリーンの雨戸、天井のライトブルーの骨組み。これがそこはかとなくイタリアン。飾り付けの造花の桜色がいい感じで映えてる。それで、もうとにかく天井が気になって気になって、上ばかり見て歩いてた。
これ、店と店の境界のところ。2階。今は使ってないんじゃないかって、みんなそう言うんだけど、すげえ、こういうの美しいなって。もう、俄然、あがってみたくなっちゃった。オレ的には、見えない水路への入口がぽっかり浮かび上がったかなと。
立石をモツ焼きの風が吹く。【葛飾:立石】 | trackback(0) | comment(0) |

日経春秋 春秋(4/28) - finalventの日記を読んでなんとなく考えたこと。
私の散歩コースにもこの手のご老人がリュックサックを背負って行進されるので、風情がなく呆然としてしまうことがある。行軍というか予定をこなすという雰囲気だ。
家に、散歩を題材としたムック本が一冊ある。町を歩くにあたってさしあたりの手がかりはなんだろう、私の場合「そりゃ、WEBでしょ」で、ずっとそこから離れられないでいるのだけど、他の人はこういうのが手がかりなんだと古本屋で見つけて購入した。いまだ、そのムック本を参考にすることはまったくないのだけど、なるほどと思ったのが綴じ込みの企画広告だった。下町を背景にモデル夫婦の写真、「動きやすさだけでなく体型もカバーできる」「着まわしも体型カバーもできる」「紫外線対策もきちんと考える」といったキャッチコピーが並んでて、洋服や帽子やかばんが通販で手に入れられるようになってる。もしかしたら、こうしたマーケットが成り立ってるのだろうか?
テレビはどうなんだろうと散歩企画番組を見て、「ちい散歩」が面白いというのが自分なりの結論だった。あの番組は、通販メインの番組だと思うけど、SEOっぽい仕掛け、全然ないね。
昔、東南アジアを貧乏旅行したことがあって、最初の頃は、Tシャツ・半ズボン・ウエストポーチ・ビーサン、不精髭、いかにもバックパッカー然として歩いてたのだけど、いつのまにか、てれてれのスラックスにてれてれの長袖シャツがメインになっていた。ちょうど、旅が面倒くさくなってきた時期と重なってる。化繊のてれっとした服が結局は気候にあってるというのと、何よりも地元の普通の格好が便利だったのだ。いま、東京の町をいろいろ歩いてみたりするけど、私の場合、服も靴も普段のものばかりだし、デジカメも持ち歩かないことが多い。パチンコ行って、喫茶店寄って、ああタバコ切らしちゃったって、そのくらいの気持ちで歩くのが町にまぎれてちょうどいい。
でも、情報誌とか地図片手に歩くってのはちょっと違うしとか思うけど、「パチンコ→コーヒー→タバコ切れたよ」的格好で歩いてみても、やっぱり違うのよね。あんまり、まぎれない。この辺のギャップって何だろうという部分での自分なりの取り組みが、WEBだったんだけどね。まぎれる格好だけじゃなくて、図々しさみたいなのをどうするかっていう。知らず知らずのうちにシミ出ちゃうのが図々しさだから。情報紙とか本とかってすごい体系的で整理されてて、いやウチの出版物はそういうコンセプトじゃないよというつくりでも、やっぱり構成されてる。それだと、やっぱりシミ出ちゃうんじゃないかと。
ということをメモしておいてつづく。
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京成立石駅の南側といえば、立石駅前商店街・仲見世通りということになるのだけど、その隣にイトーヨーカ堂が並んでる。ここのイトーヨーカ堂はいかにも昭和のスーパーマーケットという感じ。写真左側、京成電車の側道。自転車でいっぱい、交通整理のおじさんが立ってた。
右側の通りが下の写真。この通りが京成につきあたった先には地下道がある。

「自転車を降りてください」がいつ出来たのかわからないけど、斜面の上から勢いつけて急降下する遊びが流行ったに違いないと勝手に推察してみる。大人には迷惑だけど、子供にとっては魅力満載であるな、とか。
イトーヨーカ堂の脇には、空容器やら什器やらいろんなものが積まれてて、(歩行者には迷惑なのかもしれないけど)これがいい雰囲気。新しい町にこういう景色は生まれない。
《ちょっとWEBで調べてみた》
イトーヨーカ堂と2つのアーケードの関係(というか、町との関係)はどうなってるんだろうと気になって、google先生に聞いてみた。
仲見世は生き残り競争だ。繁栄にかける秘策はあるのか=東京(1)
ここに出てくる『長谷さん』は、立石仲見世協同組合の理事長、長谷幸太郎さんのこと。『立石仲見世』は、1954(昭和29)年に協同組合を設立した。50(昭和35)年には葛飾区内で2番目となるアーケードを設置した。...。組合は共同建築として46店舗を作った。それぞれ間口によって出資費がちがう。「会員は現金、現物(家屋)の出資をおこなった。管理組合的なものです。組合員は店子であって、大家です」と長谷さんが説明した。
仲見世は生き残り競争だ。繁栄にかける秘策はあるのか=東京(2)
「全盛期の仲見世には、住み込み店員が多くいました。いまは大半が店主夫婦のみによる商売です」...。「尻をたたくべき跡継ぎ、後継者がいない現状では、仲見世の新規投資には二の足を踏む」
仲見世は生き残り競争だ。繁栄にかける秘策はあるのか=東京(3)
「駅の反対側(北側)はすでに準備組合を設立している。仲見世も準備組合を立ち上げておかないと、われわれだけがおいていかれる」...。「われわれは準備組合を立ち上げる前の、勉強会の段階。内心は焦っている面がある」...。「消防車が入れる道幅がほしい。会員は高齢化しているから、お金がかからないように。この2点が最大の関心事です」
仲見世は生き残り競争だ。繁栄にかける秘策はあるのか=東京(4)
『立石仲見世』(仲見世共盛会)は『おかず横丁』と呼ばれている。...。「最近の大手スーパーには、店休がない。仲見世を素通りする人は、いつまで立っても仲見世に買い物にこない。味に接する機会がない。とくに新しい住人はそのままスーパーにいく。だから、仲見世の味を知る機会が失われてきた」...。立石仲見世の真横には大手スーパー・イトーヨーカ堂・立石店(年商・推定20億)がある。...、平屋1階建ての規模の小さい店舗だが、地元の仲見世や商店街への影響力は強い。「かつてはイトーヨーカ堂が休めば、その日はお客が来てくれた。月に一度は仲見世で買い物をして、味を覚えてくれたものだ。各店舗も、意欲に満ちていた。それがなくなった結果、われわれの意欲のダウンになっている」
仲見世は生き残り競争だ。繁栄にかける秘策はあるのか=東京(5)
「観光で染まった町よりも、立石仲見世は下町の日常生活品だから、当然ながら安価だ。しかし、ここでおかずを買ってまで、遠くに持って帰らない」
自分としては...
買い食いしたい、と思った。でも、買ったお惣菜を食べるための場所がないのよ。オープンエアーでお茶か紅茶か珈琲飲めて、お惣菜持ち込めてって、そんなイメージ。マレーシアとかタイの下町にはそういうのたくさんある。大人のおじさんには、モツ焼き屋さんがあるけど、子連れの若奥さんにそういう場所、ないもんなぁと、そんなこと思った。
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