東京バーベキュー ~歩くひと、佇むひと~
「これ、なーんだ?」
「宅配用牛乳の蔵出口。冷蔵庫の牛乳をここでバイクに積み換えるんだ」
「なんだよ、あっさり正解出しちゃってさ。面白くない奴だな、もっと盛り上げろよ」
「誰でもわかるだろ、昔はよく見かけたけどな」
「いや、俺はわからなかったぞ。何やら意味深だったんだよ。それで中を覗き込んじゃったぞ。けどさ、南京錠でしっかり鍵かけてあるんだよ」
「そんなに面白いものか?」
「だってさあ、元々知ってるおまえにとっちゃ何てことないだろうけど、こんなのが道路に向かって幾つも並んでるんだぜ。バスーカ砲が隠してあって、敵の襲撃に備えてるのかと思った」
「なんだよ、敵って」
「扉もやたら厚みのある鉄製でさあ、その割には軽快に動きそうで、断熱材でも仕込んであるのかなとか思って。扉の上には赤いランプがついてて、スイッチ入れるとランプが光るんだよ。足下には水道の蛇口があって、これ、一仕事終えたらここで手を洗い、ホースで路面を流すんだなって、そこまで想像したらひらめいた。ああ、これは宅配用牛乳の蔵出口だ!」
「いや、だからそれ、もう答え出したから」
「だから、最初に正解書くなって云っただろ!。それで表のほうに回ったら牛乳の宅配センターだった」
「でも、今は使われてないのかな」
「うん。すぐ近くの空き地に配送用の自動車が並んでたんだけど、これじゃサイズが合わないからね」
「昭和の痕跡ってわけだ」
「牛乳は180ccのガラス瓶だな、まあテトラパックかもしれないけど。で、届いた先の家の玄関には牛乳入れる黄色い色した木の箱がかかってるんだ。配達のおじさんは明治牛乳のロゴの入った紺色の制服着てて、一仕事終えたおじさん、制服のポケットから煙草出して一服するんだ。煙草は間違いなくチェリーだな。そんな生活の断片の名残りだな」
「おまえ、かなり妄想入ってるだろ」
「いや、だからさあ、実際はどんな様子だったのか知りたくてさ、店の人に話を聞いてみたかったんだけど誰もいなくてさ、結局確かめられなかった」
「道路にも人は歩いてなかった?」
「うん。そこかしこ、しーんとしてた。斜向かいの中学校も閑散としてた」
「まちあるきしたのって日曜日だったんだろ。だったからしようがないな」
「そういえばさ、中学生くらいの年齢って、こういうのにやたら興味持つよな」
「かもしれない」
「衝動的に中を覗き込んだりするんだろうな」
「おまえはいい大人になってもやってるけどな」
「一言多いんだよおまえは。俺はね、少年の心を持っているの!」
「で?」
「いやさ、中学生に、鉄の扉、使わせたら面白いなと思ってさ。月に一度、鉄扉が何故だか開いてるんだよ。で、中学生は中を覗き込んじゃう。すると中には『大人からの挑戦状』が入ってるの」
「また変なこと言い出したな」
「そこには『アイドルをさがせ!』とか書いてあるのよ。今だったらAKBかな。それで、前田敦子の等身大フィギュアなんかをみんなが持ち寄るわけ」
「それでどうしろと?」
「鉄の扉、一列に並んでるじゃないか、ずらーっと。そこに、中学生だけじゃなく各世代の人もアイドルを持ち寄るのよ。それを鉄扉の奥に仕込んでおいて、一斉に扉をあけるわけ。御開帳!とか声かけてさ」
「おまえの話は長すぎるよ。で、結論は何なのよ?」
「きっと壮観だぜ。前田敦子の隣はモー娘。そのとなりは、うーん、スマップかな。で、ピンクレディ、キャンディーズ...。一番端っこの扉には、何が入ってるんだろう?。ジュリーかな、ミッキー・カーチスまで行けるかなぁ」
「日劇ウェスタン・カーニバルかよ!」
「『最先端の遊び!』だったら、中学生が持ってくるのはPSかDSだろうな、それが右端。反対側の左端はフラフープとかかな。ベーゴマはどの辺りにくるんだろ?。『秘密基地!』とか書いてあったら、わくわくするな」
「...」
「『時代の扉プロジェクト』とかでっち上げたら、どっかがお金出してくれないかな」
「今回は、長いわりに生産性のない話だったな」
「そうだ、思い出したぞ。おまえ、ポンって憶えてる?」
「ポン?」
「俺が子供の頃、牛乳ビンのフタを集めるのが流行ったんだ。厚紙でできた丸い形のフタでさ、そのフタを机の上に並べて、上から手のひらでポン!ってたたくんだよ。そうすると、空気の流れの関係で、フタがひっくり返る。ひっくり返ると相手のフタを貰うことができるのよ。あんまり流行りすぎて、ポン禁止令とか出たんだよな」
「子供の勝負の世界だな」
「鉄扉の向こう側にはたくさんの牛乳瓶のフタが眠っているんだろうな。もしかしたら年代物も残ってるっかも知れない。次に通ったとき、店の人に聞いてみよーっと。そうだ、今度さあ、ポン大会やらないか」
「...」
「京成線青砥駅のプラットホームからの眺めだね。これはいい」
「こんな風に激しく蛇行する川を見れる駅って、23区中探してもここだけなんじゃないかな」
「かもしれない」
「風景が広すぎて広角28mmに納まりきれてないや。カメラをずらすとどんな感じかな」
カメラを左にずらして撮影
↓
「2枚を並べてみてよ」
「こうかい?」
2枚を並べる
↓
「ん?、何か変だな。真ん中が抜けてる」
「撮り忘れちゃった。今度行った時に撮り直すよ」
「ああ、でも雄大さはなんとなく伝わってくる。まるでドラゴンだな」
「アチョーっ!」
「なんだよ急に叫ぶんじゃない!」
「ドラゴンへの道だよ。ヌンチャク振り回すんだよ。間違って肘にぶつけちゃうと猛烈に痛いんだよ」
「無視することにした。でもさあ、道ってのはあながちハズレちゃいない。正確には『戸』だけどさ」
「なんだよ、『戸』って?」
「『戸』だよ『戸』。おまえ、現地歩いてるんだから、そのくらい調べておけよ」
「余計なお世話じゃ。で、『戸』ってのもカモベビラィマィファイヤ~って歌ったりするのか?」
「ドアーズ関係ないし...。『戸』ってのは、海や川と陸の出入り口ってこと」
「カミソリ堤防に秘密のドアでも開いてるのか?、それはどこでもドアなのか?」
「もういい...」
「ごめん、静かに聞くからさぁ」
「港とか船着き場とか、『戸』がつく場所にはそういうのが多いんだよ。昔は水運が重要だったから、ある意味、特別な名前なの。場合によっては軍事拠点だったりもする」
「青戸の対岸は奥戸だね。江戸川には松戸、隅田川には花川戸がある。つうか、東京自体が江戸だわ」
「川とか海を渡るっのって大変なのよ、中川みたいに蛇行してる川だと特にね。台風が来る度に流れが変わっちゃうし、川岸は、一年中、ぬかるみっぱなしで、泥と葦で満足に通行できない。だから、水辺と陸地の高低差がはっきりしてるところが交通の要所になったわけ」
「青戸と奥戸も舟で繋がってたのか?」
「かもしれない。実際、どうだったのかは今後の宿題かな」
「はっきりしてるところが『戸』ということなのか」
「はっきりというかくっきりというか、目鼻立ちがいい場所ってことかな」
「そういえば上戸彩も目鼻立ちがくっきりしてるな」
「それは関係ない」
「宍戸鍵もくっきりしてたっけか。おまえ、覚えて...ないよな」
「...」
「突然ですが、荒川区に荒川無し!」
「なんだよいきなり?」
「青戸に青戸駅無し!」
「はあ?」
「荒川区のへりを離れてるのは隅田川。でもって、葛飾区青戸にある駅は青砥駅。これ豆知識な」
「でも環七に架かってる橋は青砥橋だぜ」
橋を拡大
↓
「あれ、ほんとだ。名前決める時、問題にならなかったのかな?。おれたちの青戸を忘れるな!とか...」
「どうだろ?」
「Remember Aoto !」
「...」
「おれたちの青戸を返せ!」
「おまえ、そういうこと書いてて空しくないか」
「ちょっと空しい。でもさ、何度見てもこの中川の風景はいいな」
「葛飾の原風景だよな。京成線が高架になって始めてこういう風景を目にすることが出来たわけで、ある意味、原風景を時代が発見したわけだね」
「のんびり風呂につかりながら、ずっと眺めていたい気がする」
「いいね」
「うん、いい。一応お願いしとこうか。京成さん、青砥駅の屋上に露天風呂をつくって下さい」
「つくって下さい」
「コンニチワ、石丸謙二郎です。今日は英国はロンドンです」
「誰だよ、それ?」
「石丸謙二郎さん、知らないのか。『世界の車窓から』のナレーションやってる人だぞ」
「世界って...、これ、京成電車だろ!」
「電車は一路バーミンガムを目指します」
「違う違う。成田行き!」
「バールのようなものを持った客が暴れてます」
「嘘つくな!、訴えられるぞ」
「はい、嘘でした。でもさ、これ、妙に荒々しくてそういう雰囲気じゃないか」
「左に写ってる樹木の投げやりな雰囲気なんかがちょっと退廃的でさ。『ワイルド・サイドを歩け』(※1)って感じかな」
「コンニチワ、ルー・リード(※2)です。バーミンガムじゃなくてニューヨークです。今週はワイルドサイドを歩きます」
「もういいよそれは...」
「いや、この景色にはまっちゃってさ、週末になる度に京成電車に乗りに行ってる」
「鉄っちゃんでもないのに?」
「京成線って改造の真っ最中なのよ」
「それで?」
「最終的にはぜんぶ高架になるんだろうけど、まだ途中だからさ、高架は部分的ですぐ地上に戻っちゃう。で、またすぐに高架になって、それがまた尋常じゃない高いところだったりする。上下左右に激しくよじれながら、必死に窓から外を眺めると景色がこれなわけよ、もうたまらんッ」
「おまえの性癖はよくわからんな」
「いやいや、おまえも一度、乗ってみたらいいよ」
「遠慮しとく。でも、おまえの性癖は意味不明だが、云いたいことはわかったよ。京成沿線の風景が暴力的になり、沿線の町も暴力的になっていく。これが、おまえの云いたいことだろ」
「いや、そんなことは思ってないけど」
「幻想なんぞ持つんじゃない。終わりなき日常を生きろ!って、こうだろ」
「いや、思ってないって」
「暴動だー!、反乱だー!、革命だー!」
「だから、違うって」
「セックス、ドラッグ、ロケンロー!」
「おまえ、少し落ちつけ」
「シーセッ、ヒーベッ、テカウォコンザワイサイ、ドゥー・ドゥ・ドゥ・ドゥー・ドゥ・ドゥ...(※3)」
「歌うんじゃない!」
「なんだよ、ルー・リードから話を盛り上げようとしてるのに、つまらない奴だな。じゃあ、尾崎豊はどうだ。尾崎ハウス(※4)はすぐ近所だぞ。盗ぅすんだバァイクで走りぃ出す!」
「おまえの性癖こそ意味不明だ」
「だってさ、おまえ、この前、ブログに書いてたじゃないか。下町の境界に建ってた同潤会アパートが解体されて、そのまま下町も解体されていくのかと思ったら、そのひとつ外側にカオスがどうたらこうたら、ってさ(※5)。だから、そういうことを主張したいのかと」
「いや、たしかに書くのは書いたんだけど、暴力とか殺伐オンリーのイメージでもないのよ。それって、国道16号沿線をファストフードと大規模ショッピングセンターが食いつぶす、コンクリート・ジャングルがコミュニティを分断し、バイオレンスが跋扈する的な地域観だよな。なんかすげえチープな発想の気がする」
「ビンボー臭い、とか、犯罪恐い、だけじゃないと?」
「こらっ!、あからさまに書くんじゃねえ。おまえ、もう荒川のこっちに来れねえぞ。のこのこやってきたら、バールのようなものでくぁwせdrftgyふじこ...」
「やっぱり犯罪の臭いだ」
「いや、別にさ、バイオレンスと殺伐を全否定してるわけでもないのよ。まあ、そういう方向に行く可能性がないわけでもないし、実際そうなのかもしれない。足立・葛飾・江戸川ってさあ、荒川のさらに向こう側でさあ、世間的には芳しくないイメージが確立してるわけじゃん。以前、葛飾を歩いた時、『この風景じゃ、改造バイクでかっ飛びたくなるのも無理はない』みたいなこと、実際に思ったしさ。でもさあ...」
「全然わからん」
「思うに、スキマなのよ。実際、まちを歩いて視線に入ってくるのはスキマなの」
「スキマ?」
「うん。再開発が進んだり、高層マンションが乱立し始めてて、そういうところは凄い高密度なの。ところが、それ以外はスキマだらけ。古い住宅が取り壊されて空き地になってそのまま放っておかれるのが目立つ。公共事業で道路が出来たりするでしょ、あれ、昔だったらすぐに両サイドに建物が建っていって、だから、景観が破壊されるとかそういう議論になっていったんだよね。けれど、今の町を見てるとそうじゃない。でかい道路が出来て、それだけ。そのまんま、ぽかーんと視界に何も入ってこないままでさ、もしかしたら、この町じゃ、この先何十年も、スキマだらけの風景が続くんじゃないかとか思ってしまう。でさあ、東京の外周にそういう風景を持つ一帯が形成されつつあるのかもしれないと、変な言い方だけど、下町でも新下町でもない、かといってワイルドサイドでもない、まったく別個のアイデンティティを持つ地帯が出来つつあるんかもしれない。まあ、単なる想像でしかないんだけどね」
「何云ってるのかさっぱりわからないな」
「書いてるおいらも、さっぱりわからん。ある意味、風景のわからなさ加減・とりとめのなさ加減が、外の人からはワイルドサイドに見えちゃうのかもしれないけれど、実は今見えつつある風景は、まだ名前のついてない何かかもしれない。そんな風に思ったわけ」
「ふうむ」
「そんなわけでさ、これからしばらく葛飾を歩いてみようかと思ってるのよ」
「んっ、なんで葛飾?、写真に写ってるのは荒川の手前のはずだから、荒川区か足立区千住あたりだろ」
「えっとさ、京成乗って荒川超えた先には、まだ牧歌的な風景が残ってる。でも、細かく見ていくとすごく変化し始めている。あのスキマは変化の兆し?みたいなの。本当にとりとめのない風景なのか?、いやいや、そんなことねえそ、とか、歩いててそんなことばかり思ってる」
「おまえのしゃべりこそ、とりとめなさすぎ」
「それとさ、特急電車なんだよ。あれに乗らなきゃいけないんだ。でさ、特急電車だと日暮里の次は青砥なの。青砥は葛飾区だから、荒川区も足立区も通過しちゃうんだよ」
「なんじゃそれ」
「あの辺にも、いい呑み屋さん、たくさんあるぞ。立石なんて呑み屋の聖地と呼ばれてるんだぞ」
「結局、酒かいな...」
「説明聞いて余計わからなくなってきた。おまえ、こういう説明、下手だな。ブログ、代わりに書いてやろうか?」
「余計なお世話じゃ」
《ひとくちメモ》
※1:ルー・リードの持ち歌、退廃的御当地ソング
※2:ニューヨーク生まれの退廃的歌手
※3:正しくは、She says, hey babe, take a walk on the wild side, said, hey honey, take a walk on the wild side.
※4:1992年4月25日早朝、足立区千住河原町の民家の軒先に全裸で傷だらけで倒れていた尾崎豊を軒先の住人さんが発見した。自宅マンションに戻った尾崎だが、直後、日本医科大学付属病院で死亡。その民家は没後、一般に開放され、通称尾崎ハウスと呼ばれてた。2011年解体された。URL
※5:URL