歩くひと。佇むひと。

2007/04/28 (Sat) さくら新道、昭和あまりに昭和な。

07 さくら新道 01.ここはどこだ?07 さくら新道 01b.ここはどこだ?
 さくら新道への案内看板を見てると都区内JR駅徒歩3分の風景とは想像しにくい。夜間はちかちかするのかという案内看板、その背景の深い緑、ここは山間部かと勘違いさせる斜面によく整備された広い道路。地方都市の街道沿いのアイテムに満ち満ちてる。王子駅側から近付いていったとき最初に目に入る風景も、原っぱと、その向こうの倉庫か納戸か何かの作業場かと思わせる仮設っぽい建物、建物を覆う巨大ベランダ。とまあ、こんなかんじだし。
07 さくら新道 02.聖徳院07 さくら新道 02b.聖徳院
 巨大ベランダの正面に廻ってみる。凹の字に配置されたベランダの中心には何やら不思議な石の構造物。仏教とイスラミックとヒンドゥーが混合したかのようなアジア式の構造物が、通行人に何かを訴えかけてくる。しかし、その訴えかけに応える通行人の関心を拒絶する外壁のネット。鎖で閉ざされた出入り口、周到なトタン板。そしてさらに近寄る...。西洋ラテン風の彫像。四枚の「犬」シール。手持ち式シグナル?。駅前のあまりに哲学的な問いかけである。GoogleMapで検索すると、寺院の卍マークが示されているのだから、ここは寺院なのだ。聖徳院という立派な名前も持っている。
07 さくら新道 03.棟割りの飲屋街07 さくら新道 03b.棟割りの飲屋街
 さくら新道にあるスナックの外壁。木造にモルタル塗ってるのだけど、縦一本に組まれた軽量ブロックの過剰な装飾はライトの住宅風でもある。意匠なのか機能があるのか不明の縦桟がつくる陰影がなかなか印象的。SAMURAI BLUEを応援するのれんが掛けているお店があって、その脇には、しっかり東京ベルディ1969のペナントも掲げられてる。棟の間には共同で使っている水道だろうか、水回りは清潔に保たれている。第一印象と違って、怪しくない普通の飲屋街なのだなぁということ。
07 さくら新道 04.谷底感覚07 さくら新道 04b.谷底感覚
 さくら新道の全景を見る。棟割りの飲み屋街。1階がセットバックしてるのは横浜元町と似てる。こう書くと、どちらのファンからも怒られそう。でも、建物のテクスチャーを抜きにしてイメージすると似てる。そういえば、元町も山の手に隣接してたように、ここは飛鳥山に隣接してる。
 こういう飲屋街自体は珍しいわけではない。都区内の駅前ならありふれているし、市川にも松戸にも川口にも溝口にも川崎にもある(あった)。もっと郊外や地方の都市にもある。
(1)雑然とした昭和っぽさ
(2)鉄道線路敷きの隣接地
(3)山のふもとの入り組んだ路地
 1と2の組み合わせ、1と3の組み合わせというのはありえるが、1から3までストレートフラッシュしているのは珍しいのではないか。
 山のふもとだけなら谷底感は感じない。それはあくまでふもとであり、谷ではない。鉄道敷きに隣接した飲み屋というのも、文学的な比喩としての谷底感であって体感とは違うように思う。山(緑と土)と線路(鉄とコンクリ)に挟まれた行き止まり感、これが独特なのだと思う。考えてみれば、昭和というものは、鉄とコンクリと緑と土が混然となっていた時代なのだ。

《後日談》
 この日は通りを歩くだけで終わったけど、後日、さくら新道を訪れる機会があった。偶然にも前回写真を撮ったSamurai Blueのお店。店のマスターはここの前は三件茶屋で店を出してたというから、そっちも通っていた可能性はある。サポの常連さんも来てなかったということもあり、普通に飲んで普通に酔っぱらった。一見さんのくせして馴染みの店に来たみたいで気持ちよかった。気持ちよすぎて帰りの電車、終点まで乗り過ごしてしまった。

《まちあるきの参考にしたWEBSITE》

 飲み屋にいったよというレポートと聖徳院の怪しげな光景について書かれたものが多い。あと、まちあるきの断片として紹介されてる。一番面白かったのは、わが町第三回・抜けられます“桜新道”の巻はかつて常連だった人の追憶のレポート。

 この一角の特色は、看板に「抜けられます」という文言が、ついこの間まで、でかでかと掲げられていたことだ。道行く人々は、その文言を見て、ある人は顔を少し赤らめ、またある人は不思議そうに眺めた。


 レポートの最後にはあの聖徳院も登場する。

二十数年前でも、もう廃墟同然で、打ち捨てられているだけで、訪れる人もなかった。道路より一段低い、地下のようなところに建っていて、夜中にここに至ると、その異様な佇まいに、酔いも醒め、何度も肝を冷やした。


 二十年前も今の姿のままだったのだぁ。
 |ザ|大|衆|食|は、バーりーべの紹介。

そして、このマスターとママも、とにかく古くていいのだ。マスターはおれより1年先輩。30年ほど前に、この店の常連サラリーマンだったのが、ナント、従業員になってしまった。
しかも、かれは、某官庁酒系研究所に勤めていたのだ。それはもう、酒の燗をつけてもらえば、納得できる。この燗には、うなってしまいますね。
そのかれを従業員にしてしまったママは、大正14年生まれだが、いや達者なこと。こんな2人は面白いに決まっている。


 こっちは同じサイト、blog版。ザ大衆食つまみぐい

福助のママ婆も、もう70半ばをこえて、背中が曲って、のれんをかけられなくなったといいながら、とにかくビールが好きで、いくらでも飲めるし。リーベのママ婆ときたら、どうなっているのだ、確か大正生まれのはずだが、背筋ピッとのばして着物姿も艶やか。


 こういうのを読んでると、一見さんでなく常連として行ったほうが断然心地よいお店なのだなと、当たり前のことに気づかされるな。
 一方、まちあるきの流れからレポートしてるのが、Kai-Wai 散策

行ってみると、この日は日曜日だったため、ほとんどのお店が営業していませんでした。


 わたしの場合、偶然、土曜日に行ったので店が開いてたんだね。ここのコメント欄読むと、電車の窓からここを眺めて気になっていたという人が多いのだなぁ、みんな同じだぁと、妙に納得する。それからWEBについてはみんな同じソース読んでるのねとこれまた妙に納得。同じく、まちあるき系の都市徘徊blog

建物は、2階部分が道路側と線路側に張り出している。木製の斜材で張り出し部分を支え、庇を作るように覆い被さる様がなかなかかっこいい。


 二階の張り出し、通りが落ちついて確かにいいかんじです。
 以下、東京を描くー水彩画と写真による東京点描漂泊のブロガー2古書上々堂ノスタルジア他数知れず、店に立ち寄った人、途中で引き返した人、様々な人が書いてる。つまるところ、気になってしようがない場所であるんだな。

北区:王子 | trackback(0) | comment(5) |


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桜新道 通い 

桜新道は、埼玉から荒川区の中学、高校へ通った46年前から気になっておりました。当時の電車から見た景色は、酒の宣伝のペンキ絵が剥げた位かな。
 12年ほど前、花見帰り、初めて夜の新道訪問しました。酒が飲める(飲まれる?)歳になりましたもので。
 職場の若いものを連れて行ったのですが、きゃつが悪酔いして散々な思い出となってしまいました。
 94年に上記HP立ち上げ。ネット上で最古のさくら新道写真でしょう。こんなにメジャー化(笑)したのは、実に楽しいです。
 最近は あんでぃら という沖縄料理の店が出て、割と通ってます。宮古出のおかみが中々良い人で楽しんでます。ぽっぽつと店が閉まって来ており、時間の問題であることは確かの様です。

2008/02/12 20:06 | nini [ 編集 ]


 

HIROさま、親水公園にひきつづき、コメント感謝です。
うちの実家の近くにも似たような場所があって、やっぱり地元的にどうなの?ってな場所でした。レトロというか、悪そうな場所に惹き寄せられる習性が人間にはあるんじゃないかという気がしてます。
再開発されるとそういう匂いが消えていっちゃうから、なんとか嗅ぎ付けて潜り込んで安心したいみたいなことでしょうかね。
野戦病院はすごく興味深かったです。blogにうまく書けないんだけど、とにかく興味深かった。もうちょっと考えてもういちど書いてみます。
# 舟串橋は昔の写真をWEBで見つけてたら、実際に見た印象変わってたかもしれないです。いや、よくわからないな。

2007/06/19 12:03 | TKO BBQ [ 編集 ]


 

エンテツさま、コメントいただき感謝です。
非直線的な王子っていうのは、WEBでなく実際に歩いたおかげで実感できます。
WEBでみてた段階では京浜東北線の両側で段差があって、、、くらいに単純に考えてて、それで、名主の滝とかって、どっからどこに向かって落ちてくんだか地図みても想像できなかった。
実際、行ってみて、JRと台地の間に隙間があって、それから音無川に向かってだらだらと土地が下がっていったりしてて、そういうのが非直線感覚につながってるなと思いました。
単純に道が折れ曲がってるとかじゃない、もうっちょっと土地の固有性みたいなことを感じました。
鉄骨は気がつきませんでした。さくら新道に辿り着いたときはかなり酔っぱらってたせいかもしれないです。今度行くときは、しっかり天井方向も眺めてきます。興味深い話をどもです。

2007/06/19 11:52 | TKO BBQ [ 編集 ]


 

40年前、寺院にはベランダや囲いはありませんでしたが、すでに廃墟然としていて、ちょっと不気味な場所でした。さくら新道(さくらしんみちと言っていた記憶が)も地元的にはどうなの、という場所だったのですが、レトロ感がうける時代になったのですね。
野戦病院だった中央公園、幽霊屋敷に見えた旧古河邸など、子供時代の王子はなんとなく陰を感じる街でした。

#音無親水公園の船串橋は復元されたものですが、かつての橋は朱塗りで剣舞などが行われていたようです。今とは随分イメージが違いますね。

2007/06/16 08:58 | HIRO [ 編集 ]


はじめまして 

ザ大衆食のエンテツです。トラックバックありがとうございます。先日も王子で飲んで来ました。スローで非直線的な王子は好きな街です。

さくら新道の長屋は木造なのに、妙なところに鉄骨がとおっていたりします。あれは、あの下あたりを流れている石神井川の何度かにわたる改修と暗渠化のため、家屋と地盤を補強したからだと聞きました。だから、建物も歪むことなく長持ちしているのだとか。

2007/06/16 08:03 | エンテツ [ 編集 ]


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