
写真は呑んべ横丁のとあるスナック。コンベックス(巻尺)を持って、お気に入りの風景を測っているところ。この日、立石界隈でやたらと測りまくる怪しげな一団を目撃した人がいるかもしれないけど、決して不審な団体ではありませんので...
立石の町を歩くにあたって最初に思ったのは、なーんか地元の人と一緒に呑みたいなあ(もとい歩きたいなあ)ということ。で、いつものようにWEBで立石を調べまくるうちに「立石を測ってみよう!会」を発見して、これ幸いと参加したというわけ。それで、午前中早い時間に立石に着いてひとりぼっちで町を歩き、午後この会に参加し、今度は地元の人と町を歩き、そして、夕方から会の参加者と「もつ焼きミツワ」にくり出すということになった。
僕は、ひとりで歩くのと地元の人と歩くというのはやっぱり違うのだろうとか、違うと言うだけじゃ当たり前すぎて、実際、何がどんなふうに違うのか、穴場情報とかトリビア的豆知識じゃなく(そういう類いは極論するとWEBでも9割方大丈夫なのだし、それも当たり前のことだ)、本当に風景が違って見えて来るのか?、そんなこと頭の隅に置いて歩いてみた。
いや違うな。いま、嘘つきました。
最初、町に出る前に「本当に風景が違って見えて来るのだろうか」と考えてみて、そんなことは一切忘れて町を歩き、町から帰ってきてもう一度「本当に風景が違って見えたのだろうか」と考えてみた、というのが正解だ。
「よくWEBはヴァーチャルだからよくない、生身の体験が必要だ」的な主張をする人がいる。たいていは、新聞やテレビの中の人がそのようなことを主張してる。僕からすれば『お前が言うな」である。彼等の言う「生身の体験」が彼等にとってどう大切だったのか。「よくWEBはヴァーチャルだからよくない、生身の体験が必要だ」という物言いこそ、体験と切り離されたスレロタイプではないかと勘ぐってる。「ヴァーチャルだからよくない」というバーチャルな発言に比べたら、WEBの方がはるかにリアリティがある、という貴重な事実を確認したのが去年のことであった。だから今年はその半歩先なのである。
「立石を測ってみよう!会」では、地区センターの部屋を片っ端から測り、測ったコトをクレヨンで紙に書いてみるという練習をして、次に測ったものを体で表現するという練習をした。僕らは、非常用出口誘導灯の緑色のおじさんを自分たちの体を使用して表現した。
新聞やテレビに出て来るWEBバーチャル論者は、非常用出口誘導灯は非常用出口誘導灯だという前提から始める。WEBでは、非常用出口誘導灯は何か変なモノになる。ここでは、非常用出口誘導灯は「非常用出口を走り抜ける緑色のおっさん」になる。
それから町に出た。
というわけで、付き合ってくださった方々、どうもありがとう。
感謝してます。
(このエントリ、次回に続く)
《補足、トラバを兼ねて》
このときの町歩きのことを知り合いに伝えたら、やたら面白がってくれて、みんなで立石に行きたいということになりました。前回、立石で呑んだときにもやろうよと話をしていたやつを本当にやろうと、そういうことです。
それでどうせやるなら、「おれ(の)立石」というのにどーんと付き合ってみたいと。そのためには、お金をとってやりましょうよって。必要経費とかとそういう考え方でなく、「おれ(の)立石」と「五分五分で向き合うためのコミュニケーションのメディア」としてお金を使ってみようよって。このへんも、飲み屋で酔っぱらいながら話したことに沿ってます。
できれば6月中に、いかがでしょうか。
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