東京バーベキュー ~歩くひと、佇むひと~

ボンド・ストリートという名称は、寺田倉庫の命名だろうか。
気持ちいいビール処は出来てるし、
隣にあった寂し気な倉庫群はオサレなオフィスになってしまったし、
だからそういう場所にしたいだろう。
その意図がどこまで深いものかのか知る由もないけど、
(たしか、東京都のウォーターフロント再生の一環ではなかったか?)
今のところケバくないし、
どこがボンド・ストリート?ってな塩梅が意外によろしい。
ふれあい橋の上、おお!、アビーロード?
てなこと脳裏に浮かんでシャッター切った。
で、アビーロード風ボンドストリート風寺田倉庫街、
写真奥に見える緑の箱。
ああ、これ、貨車のコンテナみたいだ。
ってなこと考えたら、震災のこと思い出しちまった...
地震が起きて、放射能がフンダララで、
あの辺の農産物(たしか茨城産だったか?)が自粛なことになって、
それで、おいらは自粛なら食ってやろうみたいなこと考えてた。
こっちからいろいろ物資を被災地まで届ける。
で、積載空っぽのトラックが帰還する。
昨今の物流業界は厳しいのであって、ゆえに、
往復積載が生き残りの方法論になってたりする。
それなら、
帰りの便に自粛農産物を載っけてくればいいんじゃないかと。
正確には、「食ってやろう」以上に、
「食えるルートを殺さずにおこう」って意識だろうか。
コンテンツはともかく、TCP/IPは殺しちゃいけない。
自粛なんて、そうは問屋がおろさねえ、
しかと頂戴するぜ! 、ふふっ...
早速ツテを頼って、実現可能性について追求し始めた。
でも、あっという間に、自粛でなく流通禁止になっちまった...

緑の箱、アップ。
フラットなボックス、レーンなボックス。
無機質なナンバリング。
ケミカルな色使い、
ベンダーマシンまでコーディネートされてる。
お~これ、コンテナでもできるよね。
所用で東北へ行くなんてときには、
ちょっとだけ、何やかんやお節介してた。
おいらにとって、
福島はいろいろお世話になった土地であり、
それなりに恩義を感じる場所でもある。
コンテナの話だった。
ポンコツのコンテナを調達する。
すでにリタイアしてる、
行く末はロードサイド、トランクボックス。
(→ここの一番下の写真とか、ここの一番したの写真みたいなやつ。ちなみにこういうのは、都市防災の観点から町の嫌われものということになっている。)
そこをなんとかどーぞよろしくって、
なだめすかして、
あと一回だけ働いてもらう。
支援物資積み込んで、東北へ。
で、そのコンテナは帰ってこない。
ってことにしたら、
いいんじゃないかと思ったのだ。
コンテナごと、被災地に置いてくる。
仮説住宅街の棟と棟の間にゴロンと並べる。
住人の身の回りの荷物倉庫に使ってもらえばいいし、
賑やかしにお店開いてもらってもよい。
たばこ屋でなく、エコー屋・ハイライト屋、
雑貨屋でなく、消しゴム屋・ノート屋、
一店一商品なら、いろんなひとが関れる。
床屋、ネットカフェ、雀荘。
喫茶店、甘味処、いろいろ考えられる。
闇市の屋台街みたいなこと考えてみた。
そういう商売もどきから、
物流、交流をつなぎ止める。
そのために、支援物資というコンテンツでなく、
コンテナーというTCP/IPを送ったらいいんじゃないかと。
仮説住宅建設が捗ってないというので、
それでは邪魔になるだけだと、
アイデアのまま、放っておくことにしてしまった。
それに第一、冬の寒い季節にはどうすりゃいいんだ、とも。
もしかして、
寒い季節にはスタイロフォーム内張りでいけたかも...
つまるところ、東京って、
まるい緑の山手線、まんなか通るは中央線なんだよな。
東北の海っぺりもそれと同じだったりする。
まあ、東京ほど、鉄道への依存度はないにしても、
やっぱり、地理的精神的支柱としては、それ。
最近のニュースだとこんな感じ。
JR常磐線・久ノ浜―広野間、10日に運転再開(11/10/03)
JRによると、初列車は10日午前6時台に広野駅、久ノ浜駅をそれぞれ出発する。震災前のほぼ半数の上下合わせて1日17本を走らせる計画だ。線路のうねりや沈下の復旧工事をしたため、速度を落として走行する場所もある。バスによる同区間の代行輸送は9日で終了する。
3月11日、震災発生
3月18日、取手~土浦復旧
3月31日、土浦~勝田復旧
4月7日、勝田~高萩復旧
4月11日、高萩~いわき復旧
4月17日、いわき~四ツ倉復旧
5月14日、四ツ倉~久ノ浜復旧
線路はつづくよどこまでも、そこに希望を見い出したかった。
もちろんその希望は、東京からの一方的なそれであって、
北側からのアクセスは依然として重い。
焦点/JR在来線 遠い復旧/ルート・費用、見通し立たず(11/08/08)
東日本大震災で津波被害を受けた東北のJR在来線は、全線開通の見通しが立っていない。駅舎やレール自体が流失するなど被害は甚大。加えて沿線自治体が検討する住宅の高台移転に併せ、ルート見直しを迫られる可能性があり、本格的な復旧作業に着手できない区間があるためだ。
大所高所の見地からとか、
将来計画を見越してというのは、
わからぬでもないし、否定する気持ちは一切ない。
けれども、
いままで当たり前にあった線路と駅舎が、
いまは当たり前のように無いというのは、しんどい。
線路はつづかない、どこまでも。
線路はつづかない、いつまでも。
たとえば、こういう風景。
《参考》
こういうしんどさにちょっと敏感な人は、
下記のリンク辿ってみるとよいと思います。
●鉄道のある風景weblog:おでかけ報告 - 震災関連
●お散歩・福島第一原発南側シリーズの一覧
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