東京バーベキュー ~歩くひと、佇むひと~

 
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08
 
1.昭和07年(1932)
柴又、昭和07年(1932)
「昭和7年の柴又?」
「この年、この一帯は南葛飾郡から東京市葛飾区に格上げされたんだ」
「金町浄水場が出来てる。でも、それ以外は農村そのまんまって感じだ」
「金町浄水場の竣工は1926年(T15)のこと、よく見ると、水道道路が中川に向かって一直線に延びてる」
「幹線道路は場所をぶったぎっていく、の法則だ。まあ、田圃のど真ん中だから影響は少ないのかな。黄色い線は道路の計画?」
「うん。大雑把に云って、近代的な道路を格子状に通そうって意志が見えるな」
「今とだいぶ違うけど」
「まあ紆余曲折合ったと」
「柴又で云うと柴又街道は影も形もないや」
「京成線柴又駅か、道路なら新宿町か高砂町から帝釈道を使って、帝釈天へ参拝ということになる」
「2つの旧道は今も残ってるよね。風情がありそう。今はどんな風景になってるのかちょっと見てみたいな」
「町割りについてはどう?」
「柴又は一丁目から三丁目まである。一丁目は帝釈天の門前だね、当時から賑わっていたのが想像できるわ。三丁目は江戸川の自然堤防で微高地になってて、比較的たくさんの人が住んでる。川沿いの集落ってのは青戸村と同じだ」
「二丁目は?」
「自然堤防のさらに内側が二丁目で、耕地整理の最中なのかしらん、北半分は整形の区画になってる。整形の区画の中にももう人が住み始めてるみたいだ。区画の1つは池になってるのかな?」
「水田を住宅にするには、基礎にする土が必要だから、ここを掘って土を持っていったのかもしれない、推測だけど。他に気づくことは?」
「うーん」
「じゃ、次、行ってみようか」

2.昭和22年(1947)
柴又、昭和22年(1947)
「道路、変じゃないか?。高砂と柴又を結ぶ道路はこんな形状じゃないよ」
「地図も欠航いい加減だからね。終戦直後だし、葛飾は東京の端っこなんで、手を抜いちゃったのかもな」
「...。ひどい話だ」
「二丁目は全体が整形な区画になってるね。耕地整理が完了したのかな。それと、柴又街道も出来てるわ。耕地整理の道路と柴又街道の道路の角度のずれが面白いね」
「耕地整理が先で、後から柴又街道を整備しましたってのが一目瞭然だ」
「耕地整理の区画の角度は何にそろえたかわかる?」
「たぶん、柴又町と鎌倉町の境界、さくらみちに合わせたんじゃないかな」
「より正確には、さくらみちの用水路に、だね。用水路を基準に全体が一番整形になるように区画割りがされてるんだ」
「一丁目と二丁目の境界も用水路だね。ってことは、二丁目の農業は南北2つの用水路により成立してたのか」
「どちらの用水路も小岩用水からの分流だよ。小合溜の水がここまでやってきてるんだ」
「でも、北側の用水路は何だか頼り無さけだ。今にも枯れてしまいそうな雰囲気だ」
「三丁目あたりは確かにそんな感じがする。微高地だから水を通しにくいんだよ。よく見ると、この辺りは江戸川からも取水してる」
「ちょっと聞いていいか?。この用水路って、どっちからどっちに水が流れてたんだろう?。地図の左半分を眺めると、西から東に流れてると思うんだけど、右半分では東から西に流れてる気がしないでもない」
「そのへんは、この地図じゃ判読不明だなあ。実際、歩いてみる時に気に留めとくといいんじゃないかな」
「次の地図、行ってみようよ」

3.昭和35年(1960)
柴又、昭和35年(1960)
「これは昭和35年の都市計画図。以前も見たことあるよね」
「ここいら辺までくると、現在とほとんど同じだなあ。その反面、旧道は見る影もないや」
「高砂からの帝釈道なんて、地図で確認する限り、ただの路地にしか見えないな」
「新宿町からの参拝道も同じだね。さっぱりだ」
「京成電車もあるし、金町・小岩を直線で結ぶ柴又街道も出来ちゃってるし、致し方ないってところか」
「二丁目だけでなく、三丁目も区画が整理され、整形な土地に変わってる」
「三丁目のこれ、不思議だな」
「ん?」
「いや、三丁目の『目』の字の辺りの区画だよ。北総線が通ることを織り込み済みでこんな形にしたように見えるんだけど?」
「どうなんだろう?。北総線の構想が世に出てきたのは1972年のことだからねえ。大体、その前提となる千葉ニュータウンの建設が決まったのだって、1966年だから。ちょっと勘ぐりすぎじゃないかな」
「そうかなあ?」
「北総線のルートを決めるときに、ここは幅といい方角といい、都合がいいぞって事になったとは考えられないこともないけど。これも、実際、歩いて確かめてみたら?」
「なるほど...」
「ところでさ、現在の地図を隣において、比較してみた?」
「いや...やってみるよ」
「柴又の町、やけにでっかくなってないかい?」
「ほんとだ。現在の柴又町は西の方に延びている。昔は新宿町四丁目だった場所、小岩用水の手前までが柴又町になってるわ」
「柴又っていうと、寅さん、帝釈さま、矢切りの渡しみたいなイメージだけど、そこだけに注目しちゃうと、かつて新宿町だった場所が無視されちゃうんだ」
「確かにそうだわ。昔の地番でいう一丁目から三丁目までは、地図眺めることで、何となくであるにせよ、場所のイメージがつかめそうなんだけど、これは厳しいなあ。『とりとめなき柴又』だわ」
「じゃ、まちあるき、いってらっしゃい!」
「いや...」
「んっ?」
「えっとね、今回はパス。用事があって参加できないのよ。だから、地図眺めて、あれころ妄想しておしまい」
「おいおい、なんじゃそれ...」

《おまけ》
現在の矢切の渡しは、この頃、下矢切の渡しと呼ばれてました。で、その上流にはもうひとつ、上矢切の渡しがありました。当時は、江戸川両岸を同じ農家の人が耕してて、それで、川を行き来するのに2つの渡しが重宝されたということらしいです。

それから、江戸川対岸のあの辺の人達が江戸/東京に出る際に、松戸や市川まで出るよりも、矢切の渡しを使って柴又に出て、そっから金町を経由して行くのが便利だということで長く使われていたわけです。

だから、だてに観光用でなく、100%地域の実利なわけです。そんなわけで、川と川をつなぐ道/帝釈天、どっちが先かはともかくとして、帝釈天が参拝客で賑わった背景に、川と川をつなぐ道の要所に建っていたことがあるのは間違いないと思うですよ。今だって、乗換駅の駅前は栄えるわけで、甘党なら草だんご、辛党ならそこらでちょいとひっかけてくか、なんてね。

「おいおい、サボるんじゃねえよ。さっさと進めよ」
「怠け心じゃねえよ。信心だよ、信心」
なんつってね。お寺さんというのは、そういうサボり心の大義名分にちょうどいい...

陸前濱街道と千葉街道が国家的な広域幹線道路であるがゆえに、間に挟まれた立石~奥戸・高砂~柴又ルートを、明治政府はよりローカルなものに位置付けていった。ローカルな交通だから、東京の葛飾区と千葉の矢切をつなぐ交通など不必要とされて、ゆっくりとこのラインは歴史から退場していった。逆に、交通体系から見捨てられたが故に、古い風情みたいなのが生き残ることが出来たとも云えるわけで、近代国家の構想と庶民の実利のせめぎあいが、現在の風景であると思うわけです。

《おまけ、その2》
休憩ポイントってことで、東京側から見ると...ってのを考えてみました。

帝釈天界隈の歴史については、川千家さんのサイトがわかりやすいです。
これによると、
1)寛永年間(1629):開山
2)安永八年(1779)庚申の日:棟の上から御本尊発見される。
・江戸中『柴又に帝釈天が出現!』とお祭り騒ぎ
・以降、庚申の日が縁日に
3)天明3年(1783):浅間山大噴火、天明の大飢饉
・御本尊、江戸の庶民を救う大活躍
・以降、帝釈天大人気
だそうです。

同じく、明治~大正の柴又について
当時の柴又は 交通事情から考えると、今の東京人にとっての熱海のような "少し足をのばしてノンビリしよう"という場所だったのではないでしょうか。
は、うなずけるところ。
この「足をのばして」の、足のばし加減が絶妙なわけで、すぐ裏手は国境の川で向こうに下総の国が見える。行けるとこまで、やってきた!!!、これでようやく一息つける。ああようやっと非日常だぁ...っていう、東京府の東の辺境wの感覚が絶妙なんじゃないかしらん。

国境があるならそこまで行くぜってのは、本能としてあるんじゃないかと。で、柴又はそういう本能に応えてたと思うのですよ。そういうふうに見ていくと、金町・柴又間の人車鉄道ってのはさしずめ非日常へのアトラクションでしょうかね。

《追記 12/04/18》
佐倉街道(さくら道)の明治期の位置付けに関して有力な情報がありましたので追記しときます。
出典は、 断腸亭さんのこのエントリ。
長くなるけど引用します

葛飾区の旧佐倉街道を走る~「絵図から見たいちかわ展」 (04/14)

佐倉街道は、そもそもは、将軍を含めた幕府の要人が佐倉藩に通うための道であったが、江戸中期以降、民衆の間で成田山参りが盛んになってからは、佐倉から成田への直結道と化したため、むしろ、「成田街道」と呼ばれることが多くなった。

ただ、明治期になって、佐倉藩が解体され「佐倉県」となってからも、第一軍管区東京鎮台の歩兵第2連隊が置かれるなど、千葉県では、佐倉は要衝の地であり続けたため、佐倉街道も主要幹線道の座を維持していたが、多分、戦後になって、国道6号線の東向島~四つ木間が開通したことによって、葛飾区内を通る佐倉街道は幹線道路の座から生活道路に転落したものと思われる(これと同時に葛飾区内の荒川→亀有間の旧水戸街道もその存在を忘れられた)。

なるほど、第一軍管区東京鎮台歩兵第2連隊@佐倉の存在ですか。
すごい明解。
断腸亭さんは、葛飾区内とその周辺をくなまく走っていて、だからすごく面白いです。
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