東京バーベキュー ~歩くひと、佇むひと~

 
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30
 
昭和7年、奥戸
「さて、昭和7年の奥戸に進もう」
「つうかさ、まちあるき、もう3日後なんだけど...」
「だからなに?」
「...。あのさぁ、このペースでやってたら、間に合わないだろ」
「じゃ、今回で締めくくってしまうことにするよ」
「ほんとか?」
「ってことで、昭和22年ね。前回の地図と大きく変わってるところは?」
「新金線が開通してるってことぐらいかな。あとはあんまり変わってない」

●新金線の開通

「新金線の開通は1926年(大正15年)。当時はさ、総武線の始発駅は両国駅だったんだ。つまり、隅田川のこっちがわなので、東京まで繋がってない。それで、大変不自由した。特に貨物ね。お客さんは自分で都電に乗り換えてくれるけど、貨物はそうはいかないから」
「それが新金線とどういう関係があるん?」
「その頃、常磐線は既に上野まで開通してたの。千住で隅田川を越える橋が架かっていたんだね。それで、貨物については、総武線から常磐線へのバイパスをつくって、そっちから都心に運ぼうと考えたのよ。それが新金線の由来なの」
「新金線は細田も通過してるよな。細田歩いた時に見たかったんだけど、時間なかったんだ。客車も通して、それで細田に駅ができるっていう噂が何度も流れたらしいんだ」
「その噂、無理もないよね。新小岩駅ができたのは貨車の入れ換えをするのが直接の目的だったからなんだけど、ほどなく人も使えるようになったからさ。細田が期待しても変じゃない」
「なるほど」
「で、奥戸の風景との関係なんだけど、地図を眺めてどう思う?」
「どう?って...、うーん、あんまり影響はなかったんじゃないか。なんせ奥戸の町の隅っこだしなぁ」
「おまけに単線だしね。町はずれの水田をのどかに走る蒸気機関車って感じかな」

●2つの鎮守、点と線

「ここでちょっと復習しておこうか。前回の結論として、奥戸の町には二人の鎮守さまがいて、それが町の構造を複雑にしてるって話だったよね」
「ああ、そこが鎌倉新田とは異なるんだってことだった」
「中川の水色で大きく塗られている場所、今の陸上競技場の脇に天祖神社、そこからまっすぐ東に西井掘を越え、中井掘の対岸に八剣神社がある。どっちも奥戸の鎮守だった」
「昭和22年の地図にも天祖神社は書かれてる。八剱神社はよくわからないけど...」
「でも、別当の宝蔵院を示す卍マークははっきりわかる」
「ああ、これか」
「でさ、試しに右半分、左半分を手で隠して、交互に眺めてみてよ。まず、右半分だけ眺めてみる」
「奥戸新町側を眺めるんだな。用水路のほとりに立つ鎮守、その川下に中心的な集落。八剱神社の近くや下流からは、村の水田に水を入れるための小さな用水路が分かれてる」
「だろ。でさ、それって、鎌倉新田と同じじゃない?」
「うん、確かにそうだ」
「じゃ、次。今度は左半分、奥戸本町側だけを見てみると」
「こっちは天祖神社。やっぱりその川下に中心的な集落。天祖神社付近から村専用の用水路が分岐してる。あれっ、こっちも鎌倉新田と同じってことか」
「そうなんだよ。でさ、奥戸本町も奥戸新町も、鎮守付近から枝わかれした村専用の用水路は集落の中を通り、南側の広大な水田に至ってるわけ」
「ってことは、鎌倉新田と奥戸本町と奥戸新町は同じってこと?」
「そうみたい。でさ、奥戸の特徴は二つの区域が近くて絡まってるってことなのよ。そこが鎌倉新田とは違うわけ。鎌倉新田は1つだけど、奥戸は2つで1つってこと」
「どういうこと?」
「天祖神社と八剱神社を1本の道が繋げてるよね」
「うん。随分と真直ぐな道だ」
「たぶん、ここにも用水路が通っているはずだ」
「で?」
「この一本の道が奥戸の構造を読む鍵なのよ。二つの鎮守が近くて繋がってる、おまけに用水路もある。そのために、集落ができる過程で、新町側は本町側に、本町側も新町側に延びてった」
「それで、結果的に2つが繋がったということ?」
「たぶんね。そういう動的な関係性ってのは鎌倉新田には登場しなかったわけでさ、だから、これこそ奥戸の特徴と云っていいんじゃないかしら」
「鎌倉は点だけど、奥戸は点と点をつなぐ線ってことか」
「そう。地図を見るとわかると思うけど、この一本道の南側にもう一本、同じような道が見える。たぶん、この道も用水路沿いの道のはずだよ」
「2つの道路が梯子状につながってて、ここが奥戸の中心ってことか」
「そう。点じゃなくて、もともと線なんだ」
「元々、線だったのに、それを点だと思い込む。その勝手な思い込みが奥戸の町をわかりにくくしてたわけか」
「それが理由の一つだね」
「その言い方は、まだ、わかりにくくしている理由があるって事だな」
「その通り。その奥戸の特徴である線は、その後どうなりましたか?ってことで、次の地図に進もう」

●昭和22年の梯子の分解

昭和22年、奥戸

「奥戸街道が開通してるね」
「それで元々あった立石大通りから一直線で奥戸が繋がったんだ」
「ここでは、そのルートをよく眺めてほしいんだ」
「えっと、さっき話してた梯子のど真ん中を貫通してるわ」
「そうなんだよ。さっきまで二つの鎮守のネットワークと、その結果の梯子状の町並みってのが奥戸の特徴だって話してたんだけど、ここで梯子が南北二つに分解されちゃった」
「螺旋構造のDNAが分解酵素で2つにちぎれちゃったんだ」
「んっ?、おまえ、時々、すごくいい例えを持ち出すね。まさにそんな感じだ」
「別の方法はなかったのかね」
「どうかなぁ。元からある道路はどちらも、人家が建ち並んでる雰囲気だし、立退き云々で難しいんじゃないかな」
「片方に寄せるともう片一方に角が立つ。ならば、平等に中間地点にしましょうってことかもな」
「うん。とにかく、そういうことで奥戸街道がまっさらな土地に通ることで、古い町並みが分解されたんだ。わかる?」
「なんとなく。でもさ、それって今現在の地方都市で起ってることと、同じだよなぁ」
「ああ、そうかも。この地図は昭和22年で、奥戸は以降、どんどん都市化して行くんだけど、そこには郊外化と同じ変化が隠されていたんだね。その見方は面白いと思うよ」
「でもさ、通り抜け交通は表通り、一歩裏道に入ればいい町並みが...、っていうのも考えられる訳じゃないか。例えばさ、巣鴨の『おばあちゃんの原宿』なんてそうだろ。そこんとこはどうなのよ?」
「ああ、地蔵通りのことかい。あそこは旧中山道なんだけど、すぐ脇に白山通りが出来て、おかげで歩きやすい。地蔵通り沿いの高岩寺というお寺が、昔から、高齢者の人生相談みたいなのをやってることもあって、そんなこんなで、おばあちゃんの原宿ってことになっていったんだ」
「だからそういう風に展開する可能性だってある訳じゃないか」
「おばあちゃんかどうかはともかくとして、人が集まることで盛り場になっていくということはあるね。でも、奥戸の場合はどうっだったのか、それでは次の地図を見てみよう」

●中川放水路による孤立化?

昭和35年、奥戸
「中川放水路が完成してるね」
「昔から中川流域は大雨による洪水に悩まされてた。特に1938年(昭和12年)の被害は大きくて、浸水戸数6万戸を越えたんだ。それで、翌年昭和13年から放水路の工事が始まった。でも、戦争で工事は中止された。ところが、1947年(昭和22年)に例のカスリーン台風がやってきて、東京東部ほぼ全て浸水してしまったんだ。それで、放水路の工事が再開されることになる。完成は1963年(昭和33年)のことだね」
「放水路、どでかいよな。一度、歩いたことあるけど、人工の構造物とは思えないくらいどでかいわ」
「だね。で、これの影響で細田とのつながりが決定的に薄くなったと思うのよ」
「細田とつながってる上下之割用水も分断されちゃったしな」
「そう。大正の地図で見ると、二つの用水路の上流に向かって、人家が並んでるんだ。その先は細田なんだけど、そういう家の連なりみたいなの含めて分解されちゃったわけだね。で、奥戸はでっかい川に囲まれた閉じた町になっちゃった」
「放水路の工事は戦前からずーっとやってたんだよな。ってことは、一気に分断されたんじゃなくて、じわりじわりと閉じていったのか」
「そういうことになるね。さっきの盛り場の話に戻すと、こうなると、やっぱり盛り場になるのは難しいよね」
「だなぁ。むしろ、川で囲まれて、閉じてしまったおかげで、立石・新小岩・小岩の郊外地って感じだもんな」
「うん。遅れてきた郊外地なんだと思うよ、奥戸ってさ。遅れてきた分、今になって、他の町が体験してきた開発の波に、のまれていくのかもしれない。で、その時に開発の追い風になるのが、奥戸街道であり環七だと思うのよね」
「大正の話から、一気に最近に飛んだな」

●そして環七、とどめの一発?

「最後まで残ったのは葛飾区内の青戸八丁目から奥戸までの区間が開通したのは1985年(昭和60年)だね。この区間は環七の計画のうち、最後まで残った区間だった」
「ようやっと全線開通か」
「環七はそもそも、関東大震災の復興の頃から考えられてたんだ。けれど、戦争で工事が凍結されたり、GHQから『そんなものはいらない』って、拒否されたりしてなかなか進まなかった。戦後、ようやっと計画が決まったんだけど、これ、実はすごい計画だったんだよ」
「すごいって?」
「環七の計画は戦後の復興計画で決められたんだけど、その計画では幅100mとか80mとか、そのくらいでかい道路を考えていたんだ」
「交通渋滞対策?」
「いあ、それだけじゃない。幅100mの内訳には、これまたどでかい緑地帯が含まれてるの。名古屋に100m道路ってあるじゃない。環七もああいう道路にするつもりだったんだ」
「今じゃ、考えられないけど...。もし、環七がそうなってたら、奥戸の町並みも随分、変わってたかもしれない」
「今、環七がどこを通ってるか、今一度、確認してみようか」
「えっと、奥戸街道との交差点は...、中井掘と西井掘の中間地点だな。あれっ、ちょうど、元々あった梯子のど真ん中じゃないか!」
「そうなんだよ。このために、元からあった梯子は、東西南北4つの梯子の残骸に分解されちゃった。これが、キーポイントだね。こういうのは奥戸以外じゃ、そうそう見つからないよ」
「でもそれって、かなりキツイ話しだわ。奥戸街道だけならまだしも、環七はスケールが違い過ぎるわ」
「だよね。今じゃ、この交差点をぐるりと一回りするのだって、大変そうだ。これじゃ、昔の町の感じを頭の中で再現するのは無理だよ」
「それ、やってみたら?」
「やってみたらって、どゆこと?」
「だからさ、実際、3日後には奥戸を歩いてる訳だろw」
「おいおい、それをやれってのかよ」
「だってさ、実際、体験しないとわかんないじゃないかって、いつも、おまえ、そう云ってるよな」
「そりゃそうだけど...」
「地図で見る限りは分断以外の何ものでもないけど、それって本当なのか?、かつて繋がっていたもの、分断するもの...、じつはそれ以外にも何か別のものがあるんじゃないか?、もしそうだとしたら、それって大切なんじゃないの?。これから急激に開発されていくだろう奥戸を歩くにあたって、それこそ『あるものさがし』の核心じゃないかと思うよ」
「思うよ、って、なんか無責任だな」
「あともうひとつ云っとくと、中川放水路の対岸にも奥戸はあるよ。で、そこまで行くと、放水路工事の為に、線路を移し変えた昔の新金線の跡がみれるよ。ある意味、水路跡と同じ痕跡だから、おまえは興味持つと思うよ」
「おまえ、暗に、そっちまで行けっ!て、そそのかしてるだろ...」
「そういうことで、後はヨロシク!。じゃあね」
「だから、嫌な予感がしたんだ...ぶつぶつ...」
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