
梶原商店街から隅田川までまっすぐ歩いてみる。本当に、縦の筋に町ができてるなあ、と何度も思う。この辺りの隅田川は、俺の記憶の隅田川のまんま。

それでも、こんな工場が出来てて、どんどん変化していくんだなあと感慨。

福性寺という名の寺院はどことなくエキゾチック。遠くに工場の金属が光る。
やっぱり隅田川は満々と水をたたえてました。
《WEBでちょっとしらべてみた》
白山堀というのは隅田川に通じた堀割。だから、白山掘公園。「バス停地名学のすすめ」によると隣の読売新聞の工場とあわせてウォーキングコース、隅田川にはテラス状の堤防ということだそうだ。自分は、夕暮れのせいか、プロパンに興味持ってしまったけど。wikipediaによると、ここにはS36年まで「梶原の渡し」があったという。
梶原の渡しは、足立郡江北村から堀船の下野紡績工場へ通う女工たちの通勤用として明治の末に作られた。その後も、駒込の市場への出荷の車、足立の軍需工場へ通う人々、梶原銀座への買い物客を何往復もして運んだ。隅田川に直行する町々、川沿いに広がる風景、女工たちの住む川の向こう側の風景、いろんなことを考えてしまう。
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