
駅前に建つショッピングセンター、サンスクエア。ここは王子製紙発祥の地でもある。「駅前に建つ」は変な書き方で、最初に王子製紙の工場ができ、後追いで国鉄の駅がつくられたのだった。
明治8年:抄紙会社王子工場操業開始
明治16年:日本鉄道(現JR)の駅開業
明治26年;社名に創業地の地名を冠す
大正4年:王子電気軌道(現都電)の電停
ということになる。
その工場が撤退した跡を再開発してできたのがサンスクエア。サンスクエアが出来たのはいつのことだっけか?、管理会社が設立されたのが昭和46年だからその頃?。ベトナム戦争で野戦病院に使われた米陸軍王子病院(キャンプ王子)が返還されたのも昭和46年だから、その頃の王子は時代の節目を迎えていたのだろう。
二つに分離して見える建物だが、カーテンウォールから一続きの建物だとわかる。一番上は特別だよと言いたげな最上階のファサード。その最上階を支える流線型の柱。そして屋上庭園。流線型の柱、アルミのカーテンウォール、原色の広告群。その折衷加減はポストモダンの教科書にでてきそうな感がある。
駅のこちら側の流線型をした民の柱と、向こう側の音無橋の官のアーチ。こっちと向こう、二つで一つという気になってくる。
都電の電柱と蜘蛛の巣みたいな送電線。橋脚の挟間にあるプラットフォーム。橋脚の上を走り抜ける新幹線。谷底にいる錯覚に落ちるのは高架のせいに違いない。
都電を乗り降りする人たちを歩道橋から眺める。ほんとうにいろいろな人が利用しているのだなあと思う。こういうのはいつまで見てても飽きない。
JRの高架橋には鉄がふんだんに使われている。都心中心部の省線時代からの駅なんかだと、高架橋などの構造物だけでなくプラットフォームの雨除けの屋根なんかにレールが使われていて、それがいい雰囲気を出してる。王子駅も鉄道開業の歴史は古いので鉄盛りだくさん。プラットフォームは普通だったけど。これは王子駅隣の高架橋、余計な装飾をしない構造がむき出し。
その高架橋の下を都電のレールが走っていく。レールは奇麗なRを描き、お日さまが顔を出すたびに切れ味のある鈍い光を反射する。真夏には人をいらつかせるくらい輝く。真冬には乾燥した肌が透けるくらいに空気を切り裂く。四月の今のにぶい太陽の光の下では、にぶい反射光をかえしている。
駅前の歩道橋に立つと毎日こうした風景が目に入ってくるのが王子という町で、ちょっといい町だなと思う。
《追記》
WEBを眺めてたら、王子製紙(初代)の沿革に、
1910年(明治43年);苫小牧工場が操業開始。
1915年(大正4年):樺太に進出。
とあった。平澤かまぼこ店の店主のお母さんの話には必ず樺太が出てくる。何か由縁があるのだろうかしら。それと、いっしょに町を歩いた同行者の中には苫小牧で育った人がたしかいたはず...、そういう話をすればよかった。
《まちあるきの参考にしたWEBSITE》
王子駅の沿革はWikipedia、王子製紙と町の関係についても同じくWikipediaで知った。
町の沿革は北区の歴史と歩みで知った。時代の望遠鏡 130年の記憶をつなぐのマップでは、1960年頃の工場の分布とかつての王子の街並を見ることができる。
春の日に王子界隈を歩く。【北区:王子】 | trackback(0) | comment(2) |
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comment
ども。
腕がいいのでもなんでもなく、王子がこういう町だということです。
だから「いい王子じゃのぉ〜」かな。
ハワイと関西?の写真よろしくっス。
2007/06/09 15:11 | TKO BBQ [ 編集 ]
いい写真じゃのぉ〜
2007/06/09 14:32 | オヤシュン [ 編集 ]
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